れんさい・地球探検シリーズ…1

地球探検シリーズでは、世界じゅうのさまざまな土地を探検している「地平線会議」の仲間たちの行動をしょうかいしていきます。



夢にみたモンゴルの地平線
                              江本嘉伸さん

地球探検シリーズの第1回は、モンゴルを何度もおとずれている江本嘉伸さんに登場していただきます。江本さんは現在、48歳。新聞記者としてヒマラヤや北極圏、チベットなど、自然のきびしい土地へ何度も出かけ、日本では知られていない奥地の暮らしを取材しつづけています。


 空と大地が接するところ、地平線。日本では山がじゃまになって地平線を見ることはなかなかできないけれど、モンゴルの大草原のような平らな場所に立つと、見わたすかぎり360度、足もとの大地がどこまでも広がっていて、自分がぐるりと地平線にとりかこまれてしまう。

 江本さんがはじめてモンゴル人民共和国をおとずれたのは、1987年の春のことだ。地平線のかなたまでつづいている緑の草原。のんびりと草を食べる家畜の群れ。そして遊牧民のテント。すべてが夢にみていたとおりの光景だった。

「モンゴルは、大学生のころからあこがれていた国なんです。大学の山岳部で遠征計画をたてたんですが、やっとそれが実現したときにはもう新聞社で仕事をしていて、わたしは行くことができませんでした。これまで新聞記者として世界のさまざまな土地を取材してきましたが、モンゴルへの熱い思いは、20年間ずっと心に残っていたんです」。

 モンゴルでは、馬や羊、ラクダなどの家畜を広大な草原で放し飼いにして暮らしている遊牧民が、かなりの割合をしめる。季節の変化につれ、水や草をもとめて家畜とともに長い道のりを家族ぐるみで移動することも多い。江本さんは、日本ではほとんど知られていないこの遊牧の生活に興味をもち、これまでに3回もモンゴルへ出かけている。

「モンゴルの人たちはずっと、家畜とともに大草原に生きてきました。広い草原でいつも遠くを見ているせいか、みんなものすごく目がよくて、めがねをかけている人はほとんどいません。『ほら、馬の大群がやってくる!』などと指さされても、わたしにはなにも見えないのに、しばらくたつと、はるかかなたから土けむりをあげて、馬の群れがほんとうに現れることがよくあります。視力が5.0もある人もいるそうです」。


●家畜とともに暮らす

 遊牧民たちは、ゲルとよばれるフェルト製のテントで暮らしている。直径は5メートルほどあり、10人もいれば分解・組み立ては30分でできる。草原のあちこちに散らばるゲルをたずねて、日本の4倍もの広い国土をもつモンゴルを、江本さんはくまなく歩きまわった。

「遊牧民は、家畜の乳をしぼって、それをバターやチーズ、酒、ヨーグルトなどに加工し、食料にしています。乳製品ばかりの食事でも、ふしぎとおなかがいっぱいになりますね。ときには町で買ってきたコムギ粉でうどんをつくったりもしますが」。

 家畜とともに育つモンゴルの子どもたちは、幼いうちから家畜と遊び、その世話をしながら、おとなになってから必要な生活の技術をしっかりと身につけていく。

「乳しぼりのじゃまにならないように、五歳ぐらいの少年が、自分よりずっと体の大きい子馬を柵につなぎとめようと、がんばっているのを見たことがあります。何度も子馬につきとばされては、また向かっていく。こんなガッツのある子は日本にいるかなあと、つい考えてしまいました。少年も少女も、大自然のなかでじつにたくましく生きているんです」。


●水平線へのあこがれと山登り

 いまは世界じゅうをとびまわっている江本さんだが、子どものころはどんな少年だったのだろうか。

「生まれ育ったのが、横浜の港の近くでしたから、家からはだかで海に泳ぎにいったものです。それに、港にやってくる外国の船をながめたりして、自分もいつか、水平線の向こうの遠い国に行ってみたいとあこがれましたね」。

 江本さんが子どものころはまだ飛行機が発達していなかったから、外国に行くときは、横浜や神戸の港から船に乗っていくのがふつうだった。

「毎日、海をながめ、白い大きな船にのって外国へ行くことを考えていました。いま、こうして世界のあちこちを取材してまわるようになったのも、やはり海の近くで少年時代をすごしたせいなのでしょう」。

 ひょうきんでおっちょこちょいのところはあったが、江本さんはひとりで本を読むのが大好きな少年だった。小学生のころは冒険小説に夢中になり、空想ばかりしていたという。中学時代は文芸部に所属し、高校のときはトルストイなどのロシア文学に熱中した。そしてロシア文学を専門に勉強したくて、東京外国語大学のロシア語科に入学する。

「中学生のときからときどき近くの丹沢や奥多摩の山にハイキングに出かけていたので、大学では山岳部に入部しました。すぐに夏山合宿があり、北アルプスの山々を3週間も縦走しましたが、なにしろ体重より重いリュックサックをかつがされて山を登るので、へばってしまい、苦しい思いをしたものです」。

 それまでの気軽な山歩きとちがって、山岳部では徹底的にしごかれた。しかし歯をくいしばって1年間がんばっているうちに、いつのまにか体力がついてきて、山をたのしみながら登れるようになってきた。そして文学のことなどきれいにわすれて、年間100日以上も山に登るようになる。

「むかしから栄養失調で体が弱く、運動会の徒競走でも3位以内にはいったことはありませんでした。ところが山登りのおかげで、からだも精神もきたえられて見ちがえるほど健康になり、どんなことにも自信をもってぶつかれるようになったんです」。

 吹雪のなかで14時間も岩壁に宙づりになって夜を明かしたりした命がけの体験が、現在の江本さんを支える大きな力になっているようだ。


●新聞記者になって世界の辺境へ

 大学を出た江本さんが新聞記者になったのは、1964年。東京オリンピックがおこなわれた年である。

「とにかく、世界じゅうを走りまわりたいと思っていましたからね。自分がやりたいことと仕事を一致させるために、新聞記者を選びました」。

 まず群馬県の前橋に、つづいて横浜支局に配属されて記者としての経験を積み、28歳のときに、さくら丸という船に乗ってホンコンと台湾をおとずれ、念願の外国取材をはじめて経験した。

「はじめて見るアジアの民衆の暮らしぶりがめずらしくて、いまでもこの取材のことはあざやかに印象に残っています。だけど、ちょうどこのときに大学の山岳部がモンゴルに遠征隊を送ることになり、ほんとうにくやしい思いをしましたが……」。

 その後本社の社会部に移った江本さんは、事件記者をしながらも外国の取材をかさねていたが、やがて登山や探検の企画にもかかわるようになっていく。1975年にはエベレスト女子登山隊に同行してネパールへ。1978年には日本大学の犬ぞり隊と北極圏へ。1980年にはチョモランマ登山隊で中国へと、きびしい自然のなかでの取材がつづいた。最近ではチベットや黄河源流などの中国奥地やモンゴルにしばしば足を運んでいる。きみたちのなかにも、江本さんが取材した迫力あふれる記事を、わくわくしながら読んだ経験のある人も、けっこういるはずだ。


●地平線会議の仲間たち

 探検好きの江本さんの家には、世界各地に出かけて、さまざまな活動をしている仲間たちが集まってくる。砂漠、ジャングル、山、川、どうくつ、海、空、氷原……かれらは、地球上のあらゆる土地に足あとをしるしている。江本さんは、10年前にこの仲間たちと“地平線会議”というグループをつくった。そして、いまはその代表もつとめている。

「地平線会議には、カヌーで川を下ったり、熱気球で空を飛んだりという冒険的行動をしている人のほかに、ジャングルのなかで古代の遺跡をさがしたり、山奥の少数民族の村に住みこんで研究をつづけているような、地味な活動をしている人も少なくありません。私たちは毎年1回、このような行動をすべてまとめて、『地平線から』という厚い本にして出版しているんです。これまでに7冊の本を出しました。それから毎月1回、東京のアジア会館という場所で、帰国したばかりの新鮮な体験を語ってもらう報告会をやっています。もう通算で110回を数えますね。新聞やテレビではしょうかいされない貴重な写真も見ることができますし、なかなかたのしい会ですよ」。



 さらに、通信の発行、現地録音テープの制作、地平線賞の贈呈、もよおしの実施など、地平線会議の活動はいろいろな分野におよんでいる。

「わたしたちのやっていることが、夢にあふれた若い小中学生のみなさんに、勇気や行動力をあたえるきっかけになれば、こんなうれしいことはありません。地平線会議は、だれでも気軽に参加できる自由な集まりですから、地平線の向こうへ行ってみようと思ったら、ぜひ仲間に加わってください」。


●ふたたびモンゴルへ

 いま江本さんは、4度めのモンゴル取材に出かけようと、準備を進めている。何度もモンゴルへ行くのは、いったいどうしてなんだろうか。

「モンゴルの人たちは大自然のなかでじつにのびのびと暮らしています。都市に住むようになった人も、夏のあいだは馬たちが走りまわる緑の草原にもどって、ゲルで生活することが多いんです。そういう自然と結びついた暮らしこそ、いまの日本人が失ってしまった、ほんとうの人間らしい生き方なのではないでしょうか。おとなも子どもも、広い草原で家畜とともにいきいきと毎日をすごしている。そんなモンゴルの人たちといっしょに暮らすことがたのしくて、また出かけていくんですよ」。


〈『こどもの光』1989年1月号〉



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