2003年06月の地平線通信



■6月の地平線通信・283号のフロント(1ページ目にある巻頭記事)

地平線通信表紙●「なぜカナダの山なの?」「エベレストには行かないの?」とよく訊かれる。カナダのロッキーには6冬連続で通っているけれど、なぜ通うようのか考えるようになったのはずっと後になってから。はじめのころは無我夢中で足を運んでいた。これまで他の国へも行ったけれど、気がついたらカナダがいちばん多かった。

●ではカナダ・ロッキーの魅力とは何か。一般的にイメージするのは氷雪をまとった急峻な岩山、氷河、エメラルドグリーンの湖。でも自分がひかれるは華やかな世界と対照的なもうひとつのロッキー。絵葉書にはないけれど、人手に荒らされていない原始の香りただよう大自然。ふと日本の山に迷い込んでしまったのでは、と思わせるような深い森。訪れる人は稀で何日間誰にも出会わない。ひたすら歩いて、ふと周囲の景色に目をやったとき、訳もなく満たされた気分になったことが何度もあった。記録とかではなくて数値で測れないもう一つの価値観。星野道夫の世界に似ているかもしれない。

●エベレストには行ったことはないけれど、プロガイド並みのシェルパ、気象ファックス、衛星電話、フィックスロープに助けられて登る山よりも、静寂につつまれた山を一人で歩くほうが私は好きだ。でも何度か通っているうちに、さまざまな矛盾を感じるようになってきた。奥深いロッキーに入るためにはそれなりの日数がいる。1回あたり2週間前後。単独なので担げる荷物はかぎられる。冬ともなれば猛烈なラッセルを強いられるので、荷物は極力軽くしなくてはならない。食料にしても防寒具にしても充分な量は持っていかれないのだ。

●多くの人は軽装すぎる、ストイック、マゾヒスト、とあれこれ言う。真冬に極北を自転車で旅したときも同じ反応だった。だが、待てよ。冬の欧州アルプスやヒマラヤのアルパイン・スタイルの記録を見れば、飲まず食わずはあたりまえ、着のみ着のままシュラフもなしで夜をすごしている。冒険には二つの世界があるようだ。一つはメディアを賑わす大衆ウケする冒険。それとは対照的な個人の内なる冒険心の世界。七大陸最高峰も個人の体験にとどまるならばそれはそれでいいと思う。でも、メディアや一般大衆が必要以上に扱っている現象を見ると、「ちょっと違うんじゃない」といいたくなる。そして第一線級のアルパイン・クライマーの偉業を見るたびに、自分ももっとストイックに取り組まねば、と痛感させられる。

●自分はかつてクライマーだった時期がある。周囲で見込みがあるといわれた優秀なクライマーの何割かは20代で死んだ。真摯に追求すれば死ぬか止めるかであろう。妥協しない人の多くは早死にした。イスラエルのテルアビブ空港で26人を無差別殺害した後、自らも手榴弾で肉片と化した日本赤軍の奥平剛志は、「俺は地獄へ行っても革命をやるんだ」という言葉を最後に残した。その是非はともかく、理想を貫くとはそういうことだと思う。星野道夫の世界にも、若くして果てたクライマーや過激派の兵士にも、同じくらい「ピュアな心」を感じる。そして自分はその領域まで到達できなかったという思いが、今でもある。

●自分は妥協して逃げたから生き延びることができた。登攀では限界まで努力してあきらめたのではなく、なんとなく怖くなって止めてしまった。だからこそ登攀で超えられなかった壁を、穴埋めするように冬のカナダに通っている。ここ2年ほどガイドの仕事で国内外多くの山を訪れている。他の山を歩く機会が増えるにしたがって、これまで気づかなかったロッキーのよさがまたみえてきた。自分はこれから、星野道夫のような世界に進むのか、あるいは赤軍のように狂気に満ちた世界を追求するのか、まだ模索中である。どのような道に進むにしても、自分の理想を貫いた結果死んだとしてもそれはそれでしかたない、と最近思えるようになってきた。自己主張がなければ敵もできず孤立することもないとおもうが、結局は誰かの作った価値観に乗せられ、利用され、最終的に何も残らないように思う。[田中幹也]



先月の報告会から(報告会レポート・285)
氷河のトンネル
小久保純子/丸中太郎
2003.5.30(金) 榎町区民センター

◆中高年のための若者語講座です。「フツーに」これは強意語。普通/特殊という概念とは無関係に使用します。「○○してみる」これは婉曲表現。しばしば敢えて言い切りの形で、試行というニュアンスのない文脈でも使います。練習です。「(洞口が小さく)入ろうという気が起きないので素通りしましたが」これを若者風に言うと「フツーに入る気しないんでぇ、素通りしてみる。みたいなカンジだったんですが」となります。繰り返して覚えましょう。

◆今回の報告者・小久保純子さんの口調は初めこそ真面目で硬かったが、調子が出るにつれ、おどけた若者言葉が混ざる。冒頭の若者語は小久保さんが報告に用いた表現だ。日本語の乱れと眉をひそめるなかれ、小久保さん自身の言葉でなければ小久保さんを活き活きと表現することはできない。小久保さんは報告の中で、我々は学生隊だから楽しめばいい、測量はさして重要ではないと屈託なく語る。責任だの、成果だのといった重厚な概念に囚われず、軽やかに自分を楽しむ。本人もそう意識してはいないかも知れないが、この人は自分を楽しむ事を通じて社会と向き合うという、新しい価値観・世界感覚の担い手だ。

◆今回は後半に早稲田隊のギアナ高地報告もあった。共に報告会を一回開くに足る内容だったが、情報がホットなうちにと敢えて一回に詰め込んだ。この早稲田隊は小久保さんの隊と好対照をなす正統派の運動部気質で、報告を行った丸中太郎さんの語りも質実剛健。こちらはOBの叱咤激励に応えるべく、探検部として成果を出すことを目指してギアナ高地へ飛んだ。

◆2人は共に豊富な写真と映像を用意していた。小久保さんの写真はアイスランド入りから町の様子、関わった人々、氷河への道のりと順序よく並べられ、旅の様子がよく伝わってくる。メインは何と言っても「ナショナルジオグラフィックで写真を見て憧れた」という、青い氷河洞の写真だろう。現実離れした氷の造形が青い空間に浮かび上がる。映像には氷河洞内にダイアモンドダストが発生した様子も映っている。この映像だけでも、ちょっと得した気分だ。

◆そんな美しい映像があるかと思えば、羊の群を見せた次に、木っ端微塵に粉砕されフライパンでこんがりと焼き上がった羊君の末路を見せてくれたりもする。誰かが彼らの探検の動機を「メルヘンチック」と表現したが、この剽軽な写真を見ると、小久保さんという人をメルヘンチックで片づけるわけにはいかなそうだ。そういえば写真全般に突き放したような、説明的な視点も感じられた。知的な一面もあって初めて撮れる写真に見えた。

◆一方の丸中さんは熱帯のジャングルからそそり立つテーブルマウンテンを披露するのだが、こちらの映像は行動者の視点に入り込む迫力の映像だ。彼らの目的はテーブルマウンテン内部を知るための未踏クレバスの地質調査、および「グアチャロ(鳴き叫ぶ者)」と呼ばれるアブラヨタカの一種がクレバス内に営巣しているとの未確認情報の確認だったが、懸垂下降してゆく彼らの周りを無数のグアチャロがけたたましい鳴き声をたてて飛びまわる様は、思わず自分がどこにいるのかを忘れて惹き込まれてしまう。クレバス底にはグアチャロが排泄した植物の種が玉砂利のように敷き詰められている。彼らはその更に奥まで危険を冒して分け入り、地質調査を敢行した。

◆希望者が店に入りきれないほど盛況の二次会で、まったくタイプの違う2人の報告者は楽しげに冒険の様子を語っていた。若手の報告にはベテランのそれには無い魅力がある。そのエネルギーを、今度はどんな形で見せてくれるのだろうか。今後、要注目である。[松尾直樹 自身、若手中の若手]



地平線ポストから
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●安東浩正さんから…2003.5.23…ウラジオストック発《E-mail》

◆どうも安東です。ハバロフスクから800キロ自転車で走り、ウラジオストックに着きました。さすがウラジオストックで日本語が読めて打てるコンピュータに出会えました。ここはもう工業化された世界です。舗装路の広い道に日本車がたくさん走り、今のぼくにはちっとも面白くありませんでした。同じシベリアでもあの雪に埋もれた道をゆく快感はありません。

予定ではここからカムチャッカに飛ぶつもりでしたが、シベリア鉄道でモスクワにもどり、日本に帰ることにしました。カムチャッカはまだ荒野でしょうが、もう冬でもなくなり僕の舞台ではなくなっているようです。なにより横断という大仕事を冬に成し終えたあとでは、他の道は惰性のように感じて、どうにも面白くないのです。私の旅にはなによりモチベーションが大切です。やはりぼくは荒野のサイクリストのようです。

6月5日にJALで成田に戻ります。というわけで予定より早く帰ることにしました。もしまだ決まってないようであれば6月の地平線報告会で話をさせてもらえればと思い、とりあえずメールしてます。もちろん7月でもいいです。ウラジオの新聞でも大きく2ページで報道されました。あと2〜3日こちらに滞在します。とりあえず帰国予定の連絡まで。


●西澤栄里子さん…2003.5.5…長野発《E-mail》

◆四万十川でお世話になりました西澤です。地平線通信に自分の文や名前が登場していること本当に嬉しかったです。ありがとうございました! この連休如何お過ごしでしたか? 私は仕事の都合で連休が4日、5日の2日間だけだったり、その内の一日は家の用事があった為、遠出はできず、「あっ」という間に終わってしまったお休みでした。先日の関野さんの報告会にギリギリまで行くつもりでいたのですが、やはり仕事の都合で現地区民センターに着く時間を考えた結果、行くのを諦めました。大変残念でした。今月末の報告会には是非今度こそ行かれるよう頑張ってみたいと思います。


●鈴木博子さんから…2003.6.1…エディンバラ発《E-mail》
…延々、アジアからヨーロッパをひとり旅放浪中

◆スコットランドに何故私がそれほどまでに惚れているかというと、やっぱりバイプパイプしかないでしょ!偶然なのか、よくあるのか、エディンバラの町を歩いていたらあの音、バイブパイプが聞こえてきたのです。大きなミュージアムを出たらいつの間にか雨が降っており、寒さを増し、霧が一層エディンバラの街をさらに清らかにしていました。いつかのニュージーランドで聞いて虜になったあの音。いくら車の雑音がうるさくても、影が見えなくても、その音を聞き逃すことはない。すばらしく私にハマル響き。ほんとに素晴らしい。一人は赤と黒の、一人は緑と黒のチェックのスカートを履いた青年2人が道端であの大きなふくれっ面をして吹いていたのです。

◆ここヨーロッパに来て、どれだけの路上演奏者を見てきたことか。タダでどれだけの元気を、エネルギーを貰ったか。あの人たちは何も求めていないといえば、きっと嘘だろうけど、本当に“演奏したい”という人の音はやはり聞き分けられる。彼らは聞いてほしいんだ、見て欲しいんだ。そんな気がします。

◆2人のバイプパイプの彼らもそうだった。行きかう旅行者に笑顔の媚も売ることなく、雨降る寒さにも負けることなく、一曲が終わるとチューニングし、2人で打ち合わせをし、また次の曲にいく。見つめていた。やっぱりそこから離れられなくなっていたのです。きっと多分凄く好きなんだ。

◆スコットランドの素晴らしさを語るにはあまりにも時間が短すぎたと思う。しかし、その中でもニュージーに似た丘があり、山があり、羊が戯れ、平穏な時空があったのは言える。あそこはイギリスではない。私はスコットランドが凄く好きだ。それもまたニュージーに似ているせいかもしれないが、本当に好きかもしれない。いつか皆に見て欲しい場所がまた一つ増えた。


「フリーランサー 〜地雷を踏んだらサヨウナラ〜」再演決定
一ノ瀬泰造さんの生きざまを舞台化。
6/27〜29、大阪の芸術創造館で

「フリーランサー 〜地雷を踏んだらサヨウナラ〜」
【コズミックシアター第12回公演】
《原作》一ノ瀬泰造
《作・演出》ジャニス・A・リン
《日時》2003年6月27日(金)〜29日(日)
     27日(19:30〜)/28日(15:30〜/19:30〜)/29日(13:30〜/17:30〜)
    (開演の1時間前より整理券を発行。開場は開演の30分前)
《場所》大阪市立芸術創造館 大阪市旭区中宮1-11-14  Tel 06-6955-1066
《料金》前売り2500円/当日2800円
《前売取扱》チケットぴあ Pコード予約番号 471-719
      受付電話番号 0570-02-9966
《前売取扱・お問合せ》コズミックシアター
           Tel/Fax 06-6933-0617 〒536-0014 大阪市城東区今福南4-10-4-1116
           http://www5f.biglobe.ne.jp/~cosmic/



関野吉晴写真展「地球に生きる」
――グレートジャーニーのこどもたち――

◆1971年以来20年間、南米を中心に通い続けました。アンデス、アマゾンを中心に、ギアナ高地、パタゴニアまで足を運びました。そこで、自然の一部となって暮らす人々と、同じ屋根の下で同じ物を食べて暮らして、写真を撮ってきました。

◆その後1993年より、東アフリカで生まれた人類が、シベリア、アラスカ経由で最も遠い南米大陸最南端まで行った旅路、グレートジャーニーを逆ルートで辿る旅をしました。そこでも、自然と一体になって暮らす人々と交流しながら旅をしました。

◆村々で最初に仲良くなるのは子供たち。心惹かれる子供たちも多かった。独立心が強く、誇りを持ち、媚びることのない子供たちの姿に惹かれました。彼らが笑顔を見せてくれた時、これほどの至福はありません。夢中でシャッターを切っていました。[関野吉晴]

■日時:2003年6月20日(金)〜7月3日(木)
    10:30am〜6:30pm 日曜・祝日もオープン
    (6/21は3:00pm、最終日は4:00pmに終了)
■入場料:無料
■会場:ペンタックスフォーラム
    〒163-0401 東京都新宿区西新宿2-1-1 新宿三井ビル1F
    Tel 03-3348-2941(代) http://www.pentax.co.jp/forum/
■協賛:株式会社NTTデータ

【関野吉晴スライド&トーク(要予約)】
■日時:2003年6月21日(土)3:30pm〜6:00pm
■会費:1000円(税別)
■会場:ペンタックスフォーラム ギャラリースペース
■定員:50名



編集長のひとりごと...


◆三輪主彦、江本嘉伸の地平線隠居組は「体力があれば知力はついてくる」と広言してきた者の宿命として、ヒマさえあれば長い距離を哲学しつつ走ることで知られる。6月7日の土曜日もそろって海宝道義さん主催の超長距離旅、「しまなみ海道100キロ遠足(とおあし)」に参加した。

◆午前5時、広島県・福山城をスタート、いくつもの長い、長い橋を渡り、瀬戸内のおだやかな海を眺め、来し方行く末を思いつつ、愛媛県今治城まで100キロを走って、ふらふらゴールしたのである(三輪は連続5回、江本は3回)。旅費と参加費(17000円だ)を含めると、なにかと物入りのこの大会、制限時間が16時間とゆるやかなこと、5キロごとのエイドがしっかりしていること,景色が素晴らしい、などの理由で、実は大変な人気で、今回は出走者850人という。

◆その裏には、スピードで圧倒するわけにいかなくなった中高年が「長い距離で勝負じゃ!」と、スロー・ライフに“転向”している事情がある。で、「しまなみ海道出走」を聞いて、枚方市に住むもうひとりの地平線ランナーから、こんなメールが届いた。

◆3時間切ってフルを走れないと、知力はついてこないかも‥。[E]

◆このところ普通のランニング大会は全般的に参加者が減少傾向ですが、ウルトラの人気は右肩上がりだそうです。ぼくは数年前に三輪さんに敗れた日本山岳耐久レースを最後に、ウルトラや山岳レースはやめました。フルマラソンより長い距離になると自分が快適と感じるスピードが保てなくなるというのがその理由ですが、この4月の長野マラソンはかろうじて3時間を切ったものの(2時間59分50秒)、このところフルマラソンでもラストに納得できる走りのできることが少なくなってきました。『50歳でサブスリー』を今の目標にしているのですが、この目標を達成するためにはあと3年、サブスリーをキープしなければなりません。[松田仁志さん…2003.6.2…枚方市]



■今月の地平線報告会の案内(絵と文:長野亮之介)
地平線通信裏表紙

荒野の自転車野郎・冬期シベリア横断録

6/25(水) 18:30〜21:00
 Jun. 2003
 ¥500
 牛込箪笥区民センター(03-3260-3677)
 都営地下鉄大江戸線牛込神楽坂駅真上

 「10ヵ月前は、まだしゃべれなかった娘(2歳)が、帰ってきたらもう文章を話せるんです。僕のロシア語よりずっと上達が早い。人間ってすごいですねえ」。シベリアから帰国2日目の安東浩正さんの言葉です。

 昨年9月1日に北極海沿岸のムルマンスクを発った安東さんは、全く単独で「他の交通機関に1ミリも頼ることなく」冬期シベリア自転車横断を果たしました。ゴールのマガダン到着は、今年5月6日。234日間、走行距離14,927キロの旅でした。

 これまでも冬期チベット、アラスカなどで−35℃まで経験してきましたが、今回は未経験のマイナス42℃を体感。これまでの装備が全然役に立たない世界でした。「自然環境がキビしくなる程、そこに住む人々の人情が厚くなる。荒野に魅かれて旅に出るけど、いつも人の心に感動します」と安東さん。冬期にのみ出現するジムニック(冬道)の旅の話を、たっぷり聞かせて頂きます!

 今月は25日、水曜です。場所は箪笥町ね。(03-3260-3277)


通信費(2000円)払い込みは郵便振替または報告会の受付でどうぞ
郵便振替 00100-5-115188/加入者名 地平線会議(手数料が70円 かかります)


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