2002年1月の地平線報告会レポート


●地平線通信267より

先月の報告会から(報告会レポート・267)
荒野壁抜走抜始末
中山嘉太郎(44)
2002.1.24(木) 箪笥町区民センター

◆地平線会議に顔を出したのは、いつ以来か忘れてしまったくらい御無沙汰でした。何故なら、週末に山へ行くには、金曜日の晩は都合が悪く、また土曜日の早朝に仕事をする時は、前夜は早寝しなければならない。しかし、今回は木曜日で、中国のウルムチからトルコのイスタンブールまで約6699kmを152日間で自分の足で走った(昨年西安からウルムチまでの距離を足すと9374キロになる)という、中山嘉太郎さんの報告なので、行きたい条件が揃った。

◆6699kmという距離は、ランナーでない僕には想像がつかないものである。しかし、中山さんからの旅先からの便りでは、多くの人達に声を掛けられて、親切にされている様子は、手段が違うだけで、旅としての楽しさはオートバイや自転車、ヒッチハイクなどと変わらないと感じることができた。

◆中山さんの旅の基本は、荷物を背負って自分の足で移動することで、「見たい、聞きたい、話したい」気持ちを持って、習慣や食事などを通じて、現地の人と仲良くすることである。中山さんを支えたのは、寝袋を含めた旅に必要な約10kgの荷物だけではない。路上に落ちている様々な物が重要な役割を担っていた。通算386枚のコインをはじめ、シューズの補修、補強のためのタイヤのチューブや皮、ネックウォーマーを兼ねた帽子、水筒にしたペットボトル、片方ずつ柄が違う一対の靴下、その他メモや長袖シャツなどの拾い物も中山さんの貴重な味方となっていた。

◆現地の人が捨てたり、あるいは拾わないでいる物でも、必要であれば拾って済ませてしまう中山さんの逞しさは、金持ち日本人のイメージとは程遠い。だからこそ現地の人に親しみを持たれ易かったと思う。「拾うことに抵抗感がない」というけど、誰でも出来ることではないと思う。淡々として、当たり前のようにやってしまう中山さんの原動力は、もしかしたら、拾えるか拾えないかのちょっとした勇気からかも知れない。僕にしても、人前で一円玉を拾うことは恥ずかしくて、勇気がいる。しかし、プライドを捨て、拾った一円玉には「やった!」という達成感があり、もっといろいろなことが出来そうな気がしてくる。

◆小さなことでも、出来ることの積み重ねが自信になり、手が届かないような大きな夢にも結びつけられるのではなかろうか。サッカーの「小野伸二似」(本人の証言です)の中山さんと共に写真に写っている人達は、ほとんど笑顔だった。言葉がわからなくても、ふさぎ込まずに身振り手振りでもいいから、積極的にコミニュケーションを取ろうとして、子供からも言葉を教わる姿勢が、多くの人達に親切にされたようだ。国境も人種も文化も宗教も超えて、どんな人とも笑顔で接し合えたら、どれだけ紛争がなくなるのだろうか、と思った。

◆中山さんが旅したトルコでは、某テレビ番組の企画がトルコの国会で問題になった。トルコ人の花婿を探す日本人女性が探すもので、多くのトルコ人が新聞を読んで、応募したという。結局、見合う男性がいないということで、女性が帰国したことがトルコ人のプライドを傷付けた。中山さんの体を張った旅の報告を聞きながら、同じ頃に愚かなことをしている日本人が存在していたことと対比してしまった。その番組は以前、中山さんと似たコースでのヒッチハイクが人気を呼んでいただけに、尚更やるせなくなってしまった。[上村博道(サハラ・ライダー、98年エヴェレスト・サミッター)]


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