2004年6月の地平線報告会レポート /大阪報告会編



●地平線通信295より

はじめての大阪報告会から(報告会レポート・298)
『田悟作4号』で南米大陸縦断8800キロ!
永瀬忠志
2004.6.6(日) 東淀川勤労者センター

◆大阪の報告会に、追い風が吹いた。3月に南米大陸縦断旅から帰国されたばかりの、“ゆっくり超人”永瀬忠志さんが、報告してくれることになった。

◆早めに来られた永瀬さんに、著書へのサインをお願いしたら、一冊ずつリヤカーマンを描いてくださった。机に向かい、ペンを持つとき手のひらが紙に接するところにハンカチを敷いて…。それだけでも人柄がうかがえる気がした。

◆「今回の旅を人前で話すのは初めてで、お聞き苦しいところもあると思いますが、どうぞよろしく」と、やや緊張した声での冒頭挨拶に、ぐっと身近に感じた大阪人も多かったのではないだろうか。

◆小学生時代に距離を伸ばしていった自転車移動を土台に、高校3年で地元島根〜大阪を野宿しながら自転車で旅した。「これをくりかえせば日本一周ができる」と思った。リヤカーを引きながら日本を歩いて人との出会いに感動し、「旅は遅ければ遅いほどいいなぁ」と感じた。旅の歴史は、脈々と今につながっているのだった。

◆22才で灼熱のオーストラリアを横断。「こんな苦しい旅は2度としない。これからは楽しい人生を送るのだ」とつくづく思ったが、ゴールが近付くにつれ、嬉しさ半分、寂しさ半分に。終わってみれば「アフリカにも行けるかも」と、思っていたのであった。

◆4年後、アフリカ大陸横断に成功し、さらにサハラ砂漠縦断に向かう折、ナイジェリア北部の「カノ」という町でリヤカーを盗まれ、旅を断念した。リヤカーがないとわかり、盗まれたと直感した永瀬さんの胸中は「やったー!もう歩かなくていい!」だった。が、カノに10日間滞在するうちに心境は変化し、今まで共に旅をしてきたリヤカーやキャンプ道具に思いを馳せる。そして「もう一度やりなおそう」とひそかに思うのであった。

◆6年後、一旦手にした教職を手放し、再びアフリカ大陸横断へ。2度目の旅路も、サバンナの動物に出会い、人々と触れあいながら進んだ。カノで記念撮影をし、いよいよサハラへ。

◆最高総重量200kgにもなるリヤカーを砂漠の砂に埋まらせながら、「俺は一体こんなところで何をしているのだろう」「リヤカーを動かすことが何なんだろう」「パリまで歩いていくことが何なんだろう」とぐるぐる思う。はっきりわかっているのは「ここで立ち止まっていても、何の問題も解決しない」ということだけだった…。

◆随所で和やかな笑いが起こる。誠実で、味のある話し方に、参加者はどんどん引き込まれていく。サハラの真ん中で一人、理不尽な風に怒鳴り、朝になると「また一日が始まる」と泣きながら歩くこともあった。376日かけて、パリの凱旋門に到達。11100kmの旅路だった。

◆2003年6月、南米大陸に歩を進めたのは、二人目の子どもが11ヶ月の頃だった

◆ぬかるみでタイヤに泥が何層もへばりついた写真は、旅の苦労をストレートに伝えてくれた。歩いて通れない区域は、トラックに乗せてもらったり、牽引されたりしながら通過した。タイヤがパンクしたときは、日系人に助けられた。地元の人たちに「ここからはジャガーがいるから危険!」と説得され、アマゾン川を船で下ることを決めた。

◆ボリビアでの反政府暴動に、コースを変えた。アスファルトの1本道では猛スピードで横を走り抜けるトラックに、ペットボトルを投げつけられたこともあった。

◆ベネズエラでごま粒ほどの虫にぼこぼこにされ、ブラジルで巨大なヘビやトカゲ、タランチュラとおぼしきクモに遭遇。ぱらぱら音立てて歩くアリに襲撃され、テントを20カ所ほどかじられた。夜、ワニの足音がすぐ近くを通り過ぎていった。

◆ボリビアからアルゼンチンでは、夕日と朝日に魅了された。ジャングルに星降るように、螢が舞っていた。ペンギンやアザラシ、アルマジロ。フラミンゴもよく見かけた。「早く旅が終わらないかな」と思った。04年3月15日、ついにアルゼンチンの南端、ウシュアイアに到着。8800キロ、266日間の旅が終わった。

◆「上手に話すことができなかったと思います」と、最初と同じように丁寧に挨拶をされ、南米大陸縦断リヤカー旅の報告は、幕を閉じた。途中、江本さんから絶妙なタイミングで入るつっこみ(?)に、東京での毎月の報告会を垣間見た気がした。来場者からも、いくつか質問が飛び、活気のある時間が流れた。

◆中でも、「アフリカのときと比べ、妻子がいる身としての今回の旅で、何か心境に違いはあったか?」という質問に、「家族がいることで、帰りたい気持ちは強まっていた。ジャガーを避けるかどうかの選択では、まず、幼い子どもの顔が浮かんだ…」と、言葉を詰まらせたのが印象的だった。

◆植村直己冒険賞受賞会場から足を運んでくれた冬季シベリア自転車横断の安東浩正さんはじめ、そうそうたるメンバーが「永瀬さんを見に」かけつけ、メッセージを送ってくださった。そんなすごい旅を続ける永瀬さんに、結局報告会では触れられなかった「なぜそこまでしんどい旅を?」の大疑問を、こっそりぶつけてみた。永瀬さんは、はにかんだ笑顔で答えてくれた。「長い旅の、ほんの短い間ではあるけれど、『よかったなぁ』と心から思える人や自然との出会いがあって、そのことが、次の原動力となるのかもしれません」…そんな『出会い』は、永瀬さんにとって、一歩ずつの旅でこそ、より際立ってくるものなのだろう。

◆最後に、報告会に関わられた全ての方たちに感謝します。本気の旅を、本気で伝える場に立ち会える幸せは、参加してこそ得られるものだと改めて実感した、地元での報告会でした。やっぱり生(なま)はすごい![中島菊代、通称・屋久島病のねこ]
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