2004年6月の地平線報告会レポート /東京報告会編



●地平線通信296より

先月の報告会から(報告会レポート・299)
見上げればシロクマ
安東浩正
2004.6.25(金) 新宿区榎町地域センター

◆6月5日、栄えある植村直己冒険賞を受賞したばかりの安東浩正さん、今回の旅は、自転車をスキー板に乗換えて、極北カナダ・バフィン島の首都イカルイットで始まった。ヌナブット準州(1999年4月に誕生したイヌイット人自治州。バフィン島を含む199万4000平方キロの広大な地にわずか25000人が住む)の中心都市でもある。何をしに行ったか?「凍った海の上をスキーで行く自主トレ」である。

◆実はスキーなんかやったことがない。ゲレンデスキーすら一度きり、それもあえなく捻挫という体験で終わっている。夜空に乱舞するオーロラを眺めつつ、1週間ほどでクロスカントリースキートレーニングを終え、飛行機で「ちょっとしたエクスペディション」出発地のクライドリバーへ。途中キキクタルジュアク村を通り、終点のPangnirtungまで約600キロの旅のはじまりである。
◆安東氏の報告では毎回のことだが、スクリーンに映し出される 「動く世界地図」がいい。素早く地球上の位置を示してくれ、そのお陰で、私たちは自分のアタマをその地点に飛ばすことが出来るのだ。その上で、美しい豊富な写真データ群である。

◆見渡す限りの白い世界に映る黒い点は、日向ぼっこをするアザラシ。続いて灰色の点がスクリーンに映し出され、その点が拡大されていくにつれケモノの姿が…。シロクマの登場である。そもそも、そこはシロクマ(ホッキョクグマ)のテリトリー。「出会わないのがテクニック」なのだが「人生最大の危機」が訪れてしまう。

◆夜、就寝中に、バリッ!という音が。シロクマの前足でテントの入口が蹴破られたのだ! 目を開ければ、真上にシロクマの頭。安東氏に気づかずテントの中をのぞいているその姿はまさしく「死神」だった、という。その絶体絶命の時、アタマよりもカラダが動いた。寝袋の中に入れておいたベアスプレーを「死神」めがけて噴射。見事、撃退。この瞬間のことはあまり覚えていないと語るが、ほんの数秒だったろう。シロクマよりも安東氏の野性が勝った瞬間だった。

◆その後もシロクマの姿におびえつつ旅は続く。しかし、真っ白な世界はつらいことばかりではない。まるで島が動いているかのように見える、雪原に舞う鳥の群れ。ギンギツネやウサギなどの野生動物たち。凍った海の雪原を歩いていると、時々地図にない島があらわれる。氷山が凍った海に閉じ込められて出来た島なのだ。その「氷の宮殿」はなかなか沈まない夕陽に照らされ、淡いピンク色に染まり光り輝く。チベットのカイラス山に次ぐ印象的な光景だと語る声には、安東氏の自然に対する畏敬が滲み出ていた。

◆シロクマのテリトリーを抜け、アウユイトック国立公園ではトール西壁などロッククライマー垂涎の岩壁をながめつつ、そろそろ融け始めた氷の海を白夜の中進み、一ヶ月の冒険は終わった。これまでの旅との違いは「人との出会い」の回数であろうか。世界第5位の大きさというバフィン島の人口密度は恐ろしく少なく、殆どの地域には人間が住んでいない。何日間も人間と出会わない日々を過ごした後のイヌイットの人々との出会いを、彼は心底うれしそうに語る。

◆子供たちから猛烈にサインをせがまれ、「手のひらじゃ、すぐ消えちゃうのにな〜」と内心思いつつも、せっせとサインをする。満面の笑みを浮かべる子供たちの写真には、一人一人の手のひらに安東氏のサインと、その子の名前がカタカナで書いてあるのが写っていた。

◆今回の旅には、様々な実験的な要素が盛り込まれていたようだ。太陽の位置と腕時計でのナビゲーション、ホワイトアウトの中でのGPSを使ったナビゲーション、特殊装備のテスト、食料・燃料無補給での旅の達成。彼の旅が「文明と野性」の絶妙なバランスの上に成り立っているというところがまた、私たちを惹きつける。最後に、夜空に輝くニューヨークの摩天楼がスクリーンに映し出され、私たちも白いツンドラの世界から物質世界へ一気に引き戻された。軽やかさと綿密さ、生真面目さの中にそっと仕込まれている笑い、頭脳と身体、野心と謙虚さ、相反する様々なものをバランス良く併せ持つ旅人は次の目標をどこに定めるのか。報告が実に待ち遠しい。[横内宏美]


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