2006年9月の地平線報告会レポート




●地平線通信323より
先月の報告会から

秘伝 魔物を上手に解凍する方法

森田靖郎

2006.9.22 榎町地域センター

 中国と日本とのかかわりを主なテーマに、長年ノンフィクション作家として第一線で活躍してきた森田靖郎さんが、最近になって小説を書き出した。「小説はつくりごとだけど、ときにはノンフィクションより真実に近づきやすいかもしれない」。そんな紹介文(通信322号)にひかれて、しばらく行きそびれていた報告会に足を運ぶことにした。「この報告は、今の(迷える)私に重要なヒントをくれる」という予感がしたのだ。「旅する人たち」が集う地平線会議で多い職業の一つが文筆業。私もその端くれだが、「旅を書く」ということのシンドさには悩まされ続けている。

◆会場の受付脇には、この3年で森田さんが上梓した3冊の小説本が積まれていた。『見えない隣人』(小学館)、『犯罪有理』(毎日新聞社)、そして8月に刊行された最新作『二つの血の、大きな河』(東洋経済新報社)。読みやすい悪漢小説や犯罪推理小説でないことは想像がついたが、これから聞く“秘伝”の効能をより高めるための“手引き”になるかもしれないと、思い切ってその新刊を購入することにした(6畳一間に暮らす身には、空間を取るハードカバーの本は決断のいる買い物なのだ)。

◆報告会は、地平線会議とともに歩んできた旅の書き手・森田さんによる、「人生時間の歩き方の伝授」という形で進んでいった。1945年生まれの森田さんは関西学院大学探検部OB。「地平線創設メンバーの一人で、『地平線会議』、年報『地平線から』のネーミングに大きな役割を果たし、また『地平線から』の1〜5巻の編集長を務めた人」(丸山純氏の紹介)と聞けば、最近増えてきた年若い参加者にとっては、さながら「古老」だろう。だが、登場した61歳の元関学ボーイは、相変わらずクールで若々しかった。

◆地平線創成期には広告業界でコピーライターをしていた森田さんは、やがてルポやテレビ・ドキュメントを手がけノンフィクション作家へ。急速に変わりつつある中国の現状を常に現場に立って、雑誌などのメディアにルポを発表しながら、精力的に本も出していく。最前線で時代の風をまともに受けながらの仕事ゆえ、かかわった雑誌が多方面からの圧力で廃刊になるのにも何度も立ち会ってきた。取材先と自身を守るために「戸籍に入れられなかった(別の筆名で出した)本も3冊ある」と、日中戦争での大事件や現代中国の思想運動を題材にした “あの本たち”が会場に回された。「この3冊も、いつかは僕の戸籍に入れたい」。時には身に危険を覚えながら五感を張り詰めた取材を遂行し、世に送り出してきた「わが子」への、森田さんの深い愛情だ。

◆それでも敢えて小説家へと転身を図ったのは、「ノンフィクションは旬のものしか食わない“美食”なのに比べ、小説は何でも食べる“大食”」だから。たしかに、雑誌が欲しがるのは「時流に乗った」「よりセンセーショナルな」ネタだ。逆に、その要求に応えられなければ、ライター業はほとんど成立しない。けれども美食は偏食であり、長く続けていては心身に悪いということか。また、ノンフィクションの、「事実をいくつ突き詰めていっても、真実に突き当たらないもどかしさ」もあったという。ともかくも、こうして森田さんは、馴染みの編集者たちが止めるのも聞かず、小説の海へと飛び込んだ。

◆「この小説を書くのに、僕の60年が必要だった」。3冊目の小説を仕上げての手応えを、森田さんはこう表現する。『二つの血の』では、旧日本軍の細菌戦部隊「七三一」や残留孤児問題から近年の福建マフィアまで、これまでノンフィクションの分野でしてきた綿密な取材を下敷きに、「事実と事実の隙間に隠れて見えなくなっている真実」を追求した。その過程で、終戦の年に生まれた自身の半生に重なる「戦後日本のヒストリー」を発見し、ほかならぬ自分が書くべき「テーマ性」に気づいたという。

◆人生には、振り返って初めて気づく節目がある、そうだ。仏教では人の死後、7日ごとに四十九日まで法要を営んでいくが、それは7日ごとに審判にかけられているようなもの。7回目に「無罪」となれば、晴れて極楽へと成仏できる。同様に人生にも試される節目があり、森田さんの場合は7歳からおよそ10年ごとに訪れているらしい。決断を迫られるのは「仕事」と「結婚」と「死に方」だ。7歳で異性に「好き」と認められ、17歳で将来の方向を決め、27歳で結婚し、37歳で物書きを一生の仕事としてやっていく決意をし、40代半ばに父親を失って男としての完全な自立を覚悟した。……そして50代半ばに思いがけない風土病を告げられたとき、「死に様」つまり「生き様」を決める節目だと認識した。それがノンフィクションから小説への方向転換だったという。「次の審判が最後の7回目で、67歳ぐらいでしょうか。そこで無罪放免になったら、後は大手を振って生きていける。だから楽しみなんです」。

◆また、人の一生を一日にたとえると今が何時ごろになるか、とも考えてみたそうだ。答えはほぼ、年齢を3で割った数字。「僕の今は夜8時、酒がおおっぴらに飲めるハッピーアワーです。明日の朝は拝めない寂しさはあるけれど、じつに楽しい」。他人から借り物をせずに独力の旅と仕事を正々堂々と重ね、節目ごとにハードルを乗り越えてきた人の、誇りに満ちた言葉だ。

◆ここで森田さんは、再来年の秋に30周年を迎える地平線会議の「節目」についても言及した。「最初の年から5年ごとに数えていけば、30周年がちょうど四十九日、7回目の審判。ここを越えて戒名をつけたら、地平線は永遠に不滅です」。

◆それでは、私たちが旅人として、先達・森田師のようにハッピーな還暦を迎えるには、どんな準備が必要なのか。ここからがいよいよ「秘伝」だ。若き日に旅に取り憑かれた人の多くと同様、森田さんも(人より長めの)学生時代に旅を繰り返しながら、「社会人になるため」の巣立ちに失敗し続けていた。そんなとき、地平線創設メンバーたちに出会い、「社会に出ても旅ができる道」の模索が始まる。そこに欠かせないものとして見つけたのが、「旅をしながら、社会とかかわる」という要素だ。「旅の依存症になってはいけない」。

◆そのために、森田さんは「書く」というワークを自分に課し、やがて職業にもしていく。表現として「旅を書く」には、「旅を冷凍保存して、解凍しなければならない。そして、きちんと冷凍しないと、解凍もうまくいかない」。旅の中で得た出会いや発見の高揚感・喜び・驚き・怒り……といったものを、日常に持ち帰った後、時間とともに冷めていくのに任せず、鮮度を保ったまま持ち長らえ、再び取り出して体験し直すこと、であろうか。それは「文章を書く」以外のワークに対しても当てはまることだろう。

◆「冷凍」と「解凍」は、ちょっとしたコツを?むまでが難しい。人にヒントを言えるには、やはり人生のハッピーアワーまで旅を重ねる必要があるようだ。まずはきちんと冷凍するために、旅先で「空間」「時間」「人間」という三つの「間」との出会いを十分に心に染み込ませる。加えて四つ目の「行間」へも目を向ける。これは、そこで交わされていた何気ない会話とか、道端でふと目に入った草花といった、自分のテーマとは直接関係のないものだ。この「行間」が森田さんの旅に占める割合はだんだん大きくなっているという。「行間」を膨らませる旅の持ち物として、釣竿と楽器(ケーナとサンポーニャ)が加わり、「お陰で旅がもっと楽しくなった」。なるほど、オマケがいっぱいの楽しい旅なら、いつまでも新鮮な記憶として残るだろう。

◆では、冷凍した旅をうまく解凍するにはどうしたらいいのか。先達の話は、ここで「旅を書くこと」からやや別方向へと拡散していく。ゴルフのジャンボ尾崎や野球の江夏投手の「得意技」が、じつは元々は苦手としていたものだったこと。森田さん自身が、子供の頃から苦手だった鉄棒の蹴上がりを最近になってマスターしたこと。同様に、ニューヨークの路上でボリビア人のバンドと競演したこともあるほどのケーナやサンポーニャも、吹けるようになったのは近年であること。「人間はいくつまで成長するのか。僕は50を過ぎてから、苦手だったものを次々に克服している。自分が苦手と敬遠していた分野こそ、最後の成長の砦ではないか」。大人になってからの新しい技術の習得は、これまでの経験の積み重ねによって無駄な回り道を避けられる分、時間を短縮できるそうだ。また振り子のように「行ったものは必ず戻ってくる」という静脈思考や、「吐いて吐いて、小さく吸う」といった運動の呼吸法が、コツを?む参考になることも多いという。「秘伝中の秘伝」は、そのあたりに隠されているに違いない。

◆「滞ったときは苦手なものをやってみるのも手。書いていて言葉が足りなくなったり、文章に詰まったら、旅に出てみる。旅を取り込んだ人生の楽しさを僕たちは知っているのだから。そして地平線会議は、そんな旅人たちが集まる場として、また旅先から遠くに見えてほっとするともし火のように、滞ることなく存在し続けてほしい」。うーん……やはり、私も旅を重ねて書き続けるしかなさそうだ。ケーナや釣竿のような友を連れて。(熊沢正子・チャリンコ族エッセイスト)

[未来のルーツ。オールド地平線]

 地平線会議が28年となり、30周年が目前だ。永遠不滅への道へ、第3コーナーを回って一直線だ。これは何事にもかえがたい価値であり、まさに「やった者勝ちでなく、やった者価値」だった。28年前と変わったこと、報告会の会場が青山から榎町に移ったこと。参加者の顔から野性味が消えて、品がよくなったこと(少し物足りない)くらいだろうか。変わらないこと、500円(参加費)、二次会の盛り上がり、そして江本さんと三輪さん。

◆「少年のまま老いて行くつもりなのか」。老いた少年は、過去と未来を自在に行き来することが出来る“時空の旅人”という特権を与えられている。地平線会議には「現在」がない。「過去」と「未来」しかない。苦々しくて、誇らしげで、それでいて縛られることのない過去と、やりたいことの山積み、やり残したことへの追憶、やらねばならない使命感に満ち溢れた未来……。

◆「地平線会議には、現在はいらない」。「過去」と「未来」を自在に行き来すればいい。私らは、「地平線会議が飼いならした旅心という魔物」のDNAをようやく発見したのかもしれない。「未来のルーツは、オールド地平線」にある。(9月22日の報告会を終えて。森田靖郎)


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