2002年10月の地平線通信


■10月の地平線通信・275号のフロント(1ページ目にある巻頭記事)

地平線通信表紙電撃的な日朝首脳会談が開かれた9月17日の夜、拉致被害者の安否を聞かされた家族たちが衆議院第一議員会館で記者会見に臨んだ。テレビではすでに「8人死亡」という悲惨な結果が流れていた。家族のみなさん、なかでも娘の「死亡」を伝えられた横田さん夫妻の顔を見るのはつらかった。

●私は、横田めぐみさんらしい女性を平壌で見たという元北朝鮮工作員安明進さんの証言を日本にはじめて紹介して以来、拉致問題の取材に没頭した。めぐみさんの録音された歌を聴き、小学校卒業を前にしての作文を読み、彼女を知る人々から思い出話を聞くうち、一度も会ったことのないめぐみさんは私にとって親しい親戚の女の子のような存在になっていた。めぐみさんの「死」をどう受け止めてよいのかわからず気持ちが動転したまま早紀江さんの語る声を聞いた私は、その気高さに圧倒された。

●「思いがけない(死亡)情報でびっくりいたしましたけれども、あの国のことですから、何か一生懸命、仕事をさせられている者は簡単に出せないということだろうと思います。いつ死んだかどうかさえわからないもの(死亡情報)を信じることはできません。そして、私たちが一生懸命支援の会の方々と力を合わせて闘ってきたことが、こうして大きな政治のなかの大変な問題であることを暴露しました。このことは、本当に、日本にとって大事なことでした。北朝鮮にとっても大事なことです。そのようなことのために、めぐみは犠牲になり、また使命を果たしたのではないかと私は信じています。これまで長い間、このように放置されてきた日本の若者たちのことをこれからも真心をもって報道してください。日本の国のために、このように犠牲になって苦しみ、また亡くなったかもしれない若い者たちの心のうちを思ってください。いずれ人はみな死んでいきます。濃厚な足跡を残していったのではないかと私は思うことでこれからもがんばってまいります。めぐみのことを愛してくださって、いつも取材してくださって、めぐみちゃんめぐみちゃんと叫び続けてくださった、また祈ってくださった方々に心から感謝します。まだ、生きていることを信じつづけて闘ってまいります。ありがとうございます。」

●何も悪いことをしていないのに、なぜ自分たちにだけ不幸がふりかかるのか、この不幸には何か意味があるのか。被害者家族たちは、この解けない問いをかかえながら、こつこつと署名を集め世論を作ってきた。その努力が、金正日を謝罪にまで追い込み、ついに「生存者」5人の帰国まで認めさせた。ついこないだまで、誰も予想しなかったことが起きている。民が歴史を動かすとはこういうことなのかと私は感動してこの動きを見ている。

●しかし、これからが正念場だ。17日に発表された「8人死亡」は、北朝鮮側が一方的に伝えた情報に過ぎないことが後に判明した。「死亡」とされる人々の多くが生存しているはずだ。これから「死者」を生き返らせ身柄を取り戻すという、恐ろしく困難な闘いが待っている。早紀江さんの壮絶なメッセージを胸に、それに少しでも力になれればと思っている。

●私は先月、これまでの拉致問題取材をまとめた本『拉致―北朝鮮の国家犯罪』(講談社文庫)を出した。ぜひこれを読んで、拉致がどれほど「大変な問題」であるかを理解していただきたい。[高世仁]



先月の報告会から(報告会レポート・276)
中央公園まで3100マイル
下島伸介+武石雄二
2002.9.27(金) 箪笥町区民センター

◆東京にはひんやりした雨が降り、金木犀の香りがした。もう秋なのね。それでも武石さんと下島さんの黒光りする顔からは、アメリカのハイテンションな日差ししか読取れず、2人の周囲は夏のままだ。

◆今夏71日間、アメリカを端から端まで走り抜いたレース「トランスアメリカ」。溶けるように崩れた麦藁帽子、爪を痛めないように指先をくりぬいたシューズ。1日に60〜80キロ、デジカメで拝見しても日々かわりばえのしない景色を行く。広すぎる砂漠やら畑やらの中に、終わりの見えない舗装路が伸びる。ロッキーを越えアパラチアを越え、小麦粉でひかれた矢印と、艱難辛苦共にするサポートクルーを頼りに前へ前へ。

◆このレースを主催したのは、あるアメリカ人カップル。彼らは毎日レースの結果や感想などをホームページに掲載。ランナーには、毎朝、前日の順位表とその日のコースを渡した。参加費を徴収するとはいえ、その手間などを考えれば、当然費用は持ち出しだろう。参加費2,000ドルと期間の長さ、それに「9.11」が原因か、出走者は14人、アメリカ人参加者は1人だけ。完走者11人中、日本人は8人を占めた。

◆ランナーにとって走ることが生活になる。重視するものが楽しみか、あるいは求道的なものか、それぞれの人生が反映される。もちろん「レース」に対する解釈も異なる。ただ両人が口を揃えて話してくれたのは、サポートクルーとの関係の難しさだった。レースに参加するには、荷物を運ぶ車とそれを運転してランナーの身の回りの世話(食事準備やマッサージ、買出しなど)をするクルーを1人以上、自分で用意しなければならない。頼るのは気心知れた走り仲間や家族とはいえ、見知らぬ国で互いに心身ともに疲労度満点の中、感情むきだしでぶつかりあう。カラダの痛みはなんとかなっても、人間関係はなかなか。ランナーには目的があるが、クルーは71日間も異国の地で何を思う?とてもとても大事な人に「アナタの71日間私に下さい!」と言われたら、何て答えよう?やっぱり断れないような、気もするか。まあ今のところ私の周りにはそんなに走りたがる人間はいない。

◆昨年、私は8ヶ月弱中南米をふらつき、いまだ何をか語る言葉を持たない。初めての長期旅行で、出発前には中南米に関する様々な本を読み、旅行中に「何か」特別な事に気づきたい、と願っていた。だけど、そんな気持ちは、旅行中は一切忘れていた。旅が出来て、幸せだった。小さな事に一喜一憂し、町から町へ移動できた事に満足し、話したい人とだけ話し、景色を愛でた。それが精一杯である。

◆武石さんと下島さんは、こんなことは自然にこなし、走らんでいい程の距離を走り、濃密な人付き合いをクリアしてゴールした。武石さんはこのレースを「贅沢な遊び」と語り、下島さんは日々疲労して、最後まで完走できるか不安になった時の様子を「道が細くなってゆくようだ」と表現した。2人はもちろん、まだまだ走り続ける。武石さんは来年、「トランスヨーロッパ」への出走を予定している。私ごときには理解を越えた走りっぷりだ。

◆私は一生かけても3,100マイル(5,000キロ弱)も走らない。疲れることは好まないから。お2人の話しを伺い、なんだかしんどくなった。それは私だけではなかったのだろう。会場からのお礼の言葉は「呆れました!」だった。[後田聡子・大阪から参加、夜行バスで帰阪した]



地平線ポストから
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安東浩正さんから…2002.9.30…モスクワ発…自転車で冬のシベリア横断に挑戦中
 
◆1ヶ月前に北極海のムルマンスクを自転車で出発し、サンクトペテルブルグを経てここモスクワまで2500キロを走ってきました。これから向かう冬のシベリアに比べればまだまだ序の口、旅は始まったばかりです。どんどん日も短く、寒くなってきてます。このあいだキャンプして朝起きるとあたりは霜で真っ白でした。

◆モスクワに来るのは10年ぶりですが、様子は全然変わってます。当時マクドナルド1号店が開店し、ソビエト社会主義経済崩壊を象徴する存在でしたが、今はどこにでもマクドがあり、家族やカップルでにぎわってます。人々はいたって親切丁寧で、街には物があふれ、治安もアメリカやチベットより全然よさそうです。予想外に物価高いことにまいっています。10年前ピロシキなんて1個1円ぐらいでしたが、今は50円くらいします。西側のマスコミでロシア経済危機が報道されてますが、街にはそんな悲壮感もなく、マクドナルドのハンバーガーは日本の方が安い!

◆明日太平洋に向けてツーリングを再開します。まだ当分はフラットで楽な旅が続くと思います。雪がつもり始めたらいよいよ本番です。またシベリアのどこかからかお便りします。


●藤原和枝さんから…2002.10.12
◆こんばんは、先日は久しぶりに地平線の皆さんに会えて楽しい時間を過ごさせていただきました。

◆今、シルクロードの旅の空の下の博子ちゃん(注・鈴木博子さんのこと。藤原さんとは、地平線報告会の受け付け仲間)からの第一声のメールが届きましたので、転送させていただきます。安東さんの足取りも書かれていました。壮大な地球も狭いもんですね。

こんにちは。今、私は西安にいます。そしていいニュースを聞いたので、報告に。昨日、宿でロブというニュージーランド人に会いました。彼は18カ月もの間、ヨーロッパからロシアを通って旅を続けており、「ロシアで、クレイジーな日本人に会った。」というのです。「彼は極冬シベリアを1年かけて自転車で横断しようとしているところで、…」これは!外見を聞いてみると、まさしく安東浩正さんに間違えなく、なんだかとっても嬉しかったです。ほんとうに世界は狭いと感じる瞬間ですね。私はこれから山峡に向かい、重慶、成都と南下しようと考えています。中国は思ったよりも、面白く、今は生活に慣れ、なんとかなっています。ただ、言葉は全く困っていますが…。では、またメールします。 博子


●丸山純・令子さんから…2002.10.4…【帰国報告】
◆10月4日、予定どおり無事パキスタンから帰国しました。17日間で帰国を余儀なくされた昨年に次いで、36日間というこれまでで最短の旅でしたが、なかなか充実した毎日でした。

◆今回の滞在では、日本パキスタン協会に設置された「Mihoko's Fund」の活動が主になり、昨年ドローシュ地区に造った小学校のプレイグラウンドの改修と遊具の新設に取り組み、花壇も造成して、最終日に子どもたちが集めてきた花の種をみんなで播きました。また、絵本の読み聞かせや合奏・合唱のレッスン、劇や紙芝居上演の指導などもおこなって、新しくなったプレイグラウンドのお披露目も兼ねて最後に母親参観を実施し、成果を見てもらいました。

◆さらにカラーシャ族の住むルクムー谷でも、現地に住み込んでいるわだ晶子さんが準備されてきた移動図書箱の贈呈に立ち会い、紙芝居の上演、指導などもおこなうなど、Mihoko's Fundとしてはこれ以上望めないくらい、いい形で活動ができたと思います。私たち自身のテーマにはあまり取り組むことができませんでしたが、こぼれんばかりの子どもたちの笑顔にいつも囲まれて、楽しい毎日でした。(中略)

◆ちょうど9.11の1周年を迎え、さらに10月10日の総選挙やインド側カシミールでの州議会選挙などを控えて、あるていどは緊張が高まるだろうと思っていたのですが、チトラルでも、イスラマバードやペシャワールでもぜんぜんいつもと変わらないのんびりとした雰囲気で、拍子抜けしました。ムシャラフ政権に対する支持はけっして高くないようですが、汚職にまみれた歴代の政権よりはまだマシ、なにをやっても変わらないという気分が蔓延しているようです。強硬に押さえ込まれているのか、原理主義勢力の活動なども目につきませんでした。

◆ノミや南京虫、蚊には悩まされましたが、二人とも元気で過ごしました。まるでパック旅行のように日程がきつくてのんびりと休めた日がほとんどなかったのに、よくぞ頑張れたものだと、我ながら感心したほど。でも、次はもう少し余裕をもって臨みたいと思っています。


地平線はみだし情報

昨年7月と今年6月の報告者で、5月に7大陸最高峰最年少登頂記録を更新した現役東大生の山田淳さん(23)が10月8日東大総長賞を受賞。「各分野で功績のあった東大の学生を、総長が表彰する」という、今年から始まった制度の第一号。ちなみに、5月までの最年少記録保持者は石川直樹さん。



地平線ミラクル
飛騨高山のミラクルを呼ぶ女!?

◆今日はミラクルの日でした。祝日の今日はアトリエで作業を、と思い、家を出ましたがいつものようにぼんやりして、雑誌を読んでおりました。アトリエの前は観光客がよく通るのですが、ああまた人が通ったと感じて顔を上げるとなんとそこには長岡竜介さんの横顔!!思わず走って追いかけました。(ケーナ奏者の長岡竜介さんです)「長岡さん!」ご本人でした。隣にいらしたのは奥様の典子さん。5月に結婚されたそうです。ますますびっくり。

◆高山駅に到着して、とりあえず古い町並みへ行こうということで歩いていたところだったとのこと。アトリエの前を通ったとき、「高山に織物をやってる知り合いが居るんだよ。」と典子さんに話をしていた直後の出来事で長岡さんもびっくり仰天。夕方になったら電話を、と考えていらしたらしいけど会える人には会えちゃうんだなぁ。

◆夕食をごいっしょして久しぶりにお話できました。相変わらずやさしい、典子さんといっしょでもっとやさしい長岡さんでした(12歳年下だそうです)。今年中にはあたらしいCDの製作にとりかかりたいとのことでした。

◆海外でも知り合いにばったり会っちゃったりするけれど、同じくらいミラクルでエキサイティングな日でした。[ナカハタトモコ(染め織り工房アトリエ月の船)]




■今月の地平線報告会の案内(絵と文:長野亮之介)
地平線通信裏表紙

文明開化の憂鬱

9/29(火) 18:30〜21:00
 Oct. 2002
 ¥500
 牛込箪笥区民センター(03-3260-3677)
 都営地下鉄大江戸線牛込神楽坂駅真上


丸山純・令子夫妻が、パキスタンの少数民族カラーシャ族の村に通いはじめて24年。80年代後半から、各国の援助合戦の舞台となってきたカラーシャの谷には、今年、いよいよ巨大な箱モノの建設が始まりました。その現地側窓口となっているのは、若き実業家のフィジーです。彼は丸山さんの弟子のような存在。フィジーの導入した資本は、村ににわか景気をもたらしましたが、同時にこれまでにない周囲からの嫉みも買っています。

村の同世代でフィジーの対極にいるのが牧童のベーク。やはり丸山さんの親友です。町に出る夢に破れた彼は、家業の世界に閉じ込もり、変化の音に耳を閉ざしてしまいました。

変わりつつある伝統社会とつき合い続ける丸山夫妻はどういうスタンスで村人と関っているのでしょう。これまで手を出さなかった援助活動に関り、この秋で2年間のプロジェクトを終了した丸山夫妻と共に、文化と文明について考えたいと思います。


通信費(2000円)払い込みは郵便振替または報告会の受付でどうぞ
郵便振替 00100-5-115188/加入者名 地平線会議(手数料が70円 かかります)


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