2006年9月の地平線通信

■9月の地平線通信・322号のフロント(1ページ目にある巻頭記事)

地平線通信表紙まの時代、非難されることが多いが、ものを捨てないほうである。がらくたに埋まりながらたまには片付け物をする。で、この夏押し入れに寝ていた箱引から出てきたふるい日記帳を思わず読みふけってしまった。1955年のものだ。

◆昭和でいえば30年、電気冷蔵庫が一部の裕福な家庭に出回りはじめトランジスタ・ラジオというものが初めて登場した頃である。7月10日にこんな文章を書いている。「よい天気である。蒼い空である。しかし、机とイスの夢はつぶれた。父さん達が僕の事をよく考えてくれている事はわかる。僕より父さん達の方が苦しいだろう。だから僕はガマンする」

◆なんだか今どきの14才に較べて幼い感じだ。中学生の私は当時畳に座り、ちゃぶ台と呼ぶ折りたたみ式の食卓で本を読んだり字を書いたりしていた。個室など考えられない時代だったから、せめて自分の世界を「洋式の」机とイスに託したのだろう。今から思うと不思議なほどに机とイスがほしかった。

◆結核を病みあまり丈夫ではない体で地方貯金局(その後郵政省に組み入れられた)に勤めながら4人の育ち盛りの子どもを養っていた父に自分の小遣いはほとんどなかった、と思う。あまりに私がほしがるので多分いったん机を買ってやると約束し、それがお金のやりくりがつかずダメになったのだろう。かわりに父はリンゴ箱をふたつ並べて木の板をわたした代用品を作ってくれた。丸イスに座れば一応「洋式」になったからそれはそれなりに私の気に入った。

◆もう高校を目前にした少年なのだから机ぐらい自分で作れよ、と今の私は言いたくなるが、当時はリンゴ箱も簡単に手に入らなかったのだろう。それにしてもどうしてあれほど机と椅子にあこがれたのか。

◆横浜に生まれ、もの心ついた時には進駐軍の基地があった、という点では先月、このフロントを書いた神戸育ちの森田靖郎と似ているが、メジャーリーガーを目指した森田さんと違って球技はダメ、運動会の徒競走では4位が最高だった(正直な話、どんなに「3位以内」に入りたかったことか)。誉められたのは作文ぐらいだったのでものを書く環境がほしかったのか、とも思う。

◆1947年「6・3・3・4制」の新制教育の最初の1年生となった私は、栄養失調のせいかもともと抜けているところがあった。たとえば校舎が不足していたため当時の学校は「2部授業」が普通だったのだが、なかなか「遅番」「早番」の違いがわからなかった。昼頃、子どもの足で40分はかかる小学校に向かうと「えもとくん、もう終わったよ」と、前方から来た同級生に声をかけられ、ああそうか、とそのまま引き返すことがよくあった。

◆サツマイモの粉を水で練ってふかしてつくる通称イモダンゴを弁当箱に入れて学校に持っていったことがある。給食に脱脂粉乳ぐらいしか出なかった時だ。あの頃は皆食べていたと思うが、弁当箱に入れてゆく子どもは少なかったので、早速「イモダンゴ」とあだ名をつけられた。子どもは残酷なもの、とこの時知った。

◆机と椅子の話に戻る。夢は5か月後にかなえられた。それがどんなに嬉しいことだったか、同じ年の12月18日の日記ー。「今日がその日だ。記念すべき劇的なその日である。驚嘆歓喜の時の日だ。3学期−進学、張り切るぞ、何故ならば今日はその記念すべき日だからである。happy Yoshinobu! 僕は今日、机と椅子を得た」今思っても切なくなるほどにほしかった机と椅子。早くおとなになりたい、という気持ちと机と椅子に象徴される「西欧の文化レベル」への欲求が強かったのだろうか。それにしても、なんと素直でシンプルな少年だったのだろう。

◆8月の報告会、久島弘さんの「地平線ビンボロジー事始め」を聞いていて、「ほどほどの欲望」ということを考えた。15才になるまで無性に机と椅子がほしかったように、人はいつも何かほしい。たとえば2年前の8月、「地平線大秘宝物語」というタイトルで話をした時のことだ。最後にそれぞれの「宝物」を披露する段になって会場はにわかにオークションと化してしまった。その際安東浩正さんが持ち出した「厳冬期シベリア自転車旅で持参した唯一のムダであったもの」にぐらぐらした。手のひらにおさまる、その小さなハーモニカを報告者の立場を忘れて本気でほしくなり、結局、1500円の安値で競り落としたのだ(今でもむぎまるに音色を聞かせながら大切にしていますよ、安東君)。

◆いま、つましい人生を57才で終えた父の年を超え、遺伝性の血糖値を気にしつつも自由に動けることは素直に嬉しい。もう何も要らない、と言いたいのだが8月の下旬、畏友・三輪主彦と南アルプスの北岳に行って、欲しいものができてしまった。登山口のテント場や稜線で張った三輪さんの超軽量、防水堅固なテントである。よし、内緒で買うぞ!!超軽量テント…。(江本嘉伸)


先月の報告会から

地平線ビンボロジー事始め

久島弘

2006年8月24日 榎町地域センター

 例年夏休みの8月は比較的こじんまりした報告会になるのだが、今回は久島弘さんの人気か、あるいはテーマの魅力か、70名を超える参加者があり、途中イスを増やしての進行となった。ぼそぼそと静かな語り口なのに、会場は「この話、聞き漏らすまい」とする空気が張りつめ、不思議な盛り上がりであった。参加できなかった皆さんにも迫真の内容を伝えたいので報告会レポート、今月は久島弘さん本人にまず書いてもらった。(E)

 『地平線ビンボロジー』には、十人十色のスタイルがある。私にとってのそれは、「モノ(工業製品)に恵まれない土地の人々が、身近にある材料の合体や転用で必要な品を作り出す。そのローテク(後端技術)の知恵や、創意工夫の精神を旅先から持ち帰り、日々の暮らしの中で応用・実践すること」となるだろう。結果、はた目には、「生活の向上を目指さない反社会的ライフスタイル!」と映るかも知れない。が、ハマるとこれが愉しいのだ。

◆スライドでは、まず、『熱帯アジア的モノ作り』に開眼するきっかけとなった、チェンマイの人力車のスケッチ、次に、私が大きな影響を受けたタイ北部高地族の、徹頭徹尾竹づくしの暮らしを少しばかり見てもらった。続いて、旅先各地での自炊の様子を紹介。貧弱な設備でのメシ作りにも、やっぱり工夫がモノを云う。エクアドルのキトでは、地元の劣悪なガソリンに、最新鋭のMSRキャンプコンロがジェネレータの目詰まりを起こして難儀した。毎夕食後、吹き管でアルコールの炎を吹き付ける「焼き掃除」を30分もやると、酸欠で頭がフラフラする。そこで、そのアルコール(燃料用に現地では安く入手できる)を使ったバーナーを自作した。と云っても仕掛けは簡単。本体はただの空き缶。メルカド裏のゴミ捨て場を漁って見つけたワイヤハンガーを折り曲げて、五徳にした。これで約半年間の自炊をこなし、キトを出る時は涙の別れとなった。

◆アジアの自炊旅でクッキングに目覚めた私は、帰国後、保温(適温)調理や無水調理といった、ニューウェイブの調理法にのめり込んでいった。これらは、理論とプロセス、それに道具が密接に連動しており、シロウトでも理詰めで美味しい料理が作れる。正しい食事を外で摂ろうと思えば、この国ではお財布が栄養失調症になる。真っ当なものを食べたければ自炊するしかないビンボー人には、まさに福音とも云える調理法だった。貧乏するなら鍋を買え! それが私の持論だ。

◆パスポートケースやロール筆箱、ネガシートなどを手作りした『熱着技術』は、南米滞在中に、睡眠時間を削って編み出した。簡便な上に大した道具も使わないこの方法。タイで見かける『屋台プラ袋パック術』に匹敵する優れワザではないか、と私は密かに自負している。報告会終了後に持ち帰ってもらった燻製チーズは、この2通りの方式でパックした。袋を詳しく観察すれば、共に手法を解読できたことと思う。熱着術の考案、そして帰国後に見つけたシーラーの導入で、食品やお菓子の入っているプラ袋は、ゴミから再利用可能な資源へと昇格し、捨てられることはなくなった。

◆S字フック、輪ゴム大小、洗濯バサミ大小、滑り止めネット、ズボンの裾留めバンド、幅広アルミ箔と云った、私にとっての『携行基本アイテム』は、それらを組み合わせることで機能は更に多様になる。実は今回の報告会、北海道滞在中に参加が決まり、その直前に戻ることとなった。ただ、私の工夫術を言葉だけで伝えるのは難しい。そこで急遽、帰京までの間に、居候先やキャンプ場での『基本アイテム』活用術を、写真に収めて披露することにした。これらは現場の状況に合わせた一回こっきりのアドリブ的閃きが多いが、普遍性のあるものは定番テクとして定着する。レスキューシート張りやポール立ては、定番化の一例だ。

◆ところで、ちょっとした工夫で、家庭用の羽毛布団が寝袋に、幅広アルミ箔は防水・通気・日除けを兼ね備えたカウボーイ・ハットに化ける。そして同じアルミ箔が、使い方一つでキャンプ用ガスコンロの風防になり、鍋にオーブン効果を与え、さらに形状を少し変えるだけで、ガスボンベへの断熱板にもパワーブースターにもなる。「より高次元の正解は、必ず、よりシンプルな形で現れる」 試行錯誤を繰り返し、極めて簡潔な答えに辿りつく度に、そんな一種の真理にも似た感慨に私は打たれる。ますます複雑化しつつある今の世の中は、このベクトルに背を向けているけれど…。

◆人々が外食時も自前の食器を持参し、霧吹き・ゴムべら・ティシューの『3点セット』で後片付けし、あるいは多機能工具や針金を常に身に帯びて、捨てられている骨折れビニ傘を発見したらすかさず修理して使う。そんな時代を私は夢見ている。しかし、道のりは遠そうだ。こういったライフスタイルを選ぶと、外見はアブない人に、所持品は空き巣狙いのそれに限りなく似るらしい。「ニイさんの方は、景気どお?」とサンプラザ前のダフ屋から声が掛かったり、ダンボール回収のホームレスのおじさんから親しく道を訊かれたり、というのは一向に構わない。困るのは、何かの取り締まり・警戒期間が始まると、途端にウルサくなる職質だ。という訳で、スライドの最後は8人の警官にカゴメカゴメされた時のスナップで締め括り、この日の私の報告を終えた。

◆追記:報告会では語り尽くせなかったテーマの幾つかについて、友人のHPの片隅でグチったり、しつこくコダワったりしています。ご笑覧下さい。『貧困通信』(http://www2.ocn.ne.jp/~asagao/binbo/b_index.html)

[スパゲッティと久島さんのポーチ]

 8月14日早朝、ズッドーンという落雷直撃のような爆音が地響きとともに2回したので驚いた。数十分後、どこかからカーキ色のヘリが飛んできて異常に低空を旋回し始めた。衝撃音の直後からテレビが消えてしまい情報がなく、住民はただ空を見ていることしかできなくてあたりは物々しい雰囲気になった。結局、原因は落雷でも爆弾でもなく、すぐそばの江戸川上空を走っている高圧送電線にクレーン船が接触して断線し、東京の広域が大停電になったのだと後で知った。以前、関野吉晴さんが「私たちの生活はスパゲッティ状態」だと何かの折に話していたのを思い出した。病院のベッドの上で体にチューブを通して命をつなぎとめることがあるように、都市の住居も「線」や「管」に依存して成り立っている、という趣旨だった。

◆スパゲッティな生活にどこまでも頼るのは危ういんだなあと考えていた矢先、地平線会議の報告者は“貧民共和国”代表の久島さんだったので勉強になった。久島さんには「地平線300か月記念集会」の劇の大道具小道具制作で大変お世話になり、常に着用しているあの黒いウエストポーチから、必要な時にドライバーや万能輪ゴムや定規(ポーチに入らないので折りたたみ式)など色々なものが出てきたので、ドラえもんってこういう感じかもしれない、とひそかに思っていた。

◆そして今夜、今まで誰にも明かされることのなかった(?)ポーチの秘密がついに暴かれたのだった(詳細は「久島メモ」をご覧ください)! ポーチに丁寧に収納された極シンプルな道具を相棒に、手足・五感・脳みそを健康的に活用して暮らしている久島さんは、“貧乏生活”に追い込まれたのではなくて、好きで“貧民共和国”というお城を築いているのだと初めてわかった。体と心が気持ちいい生活を自分のためにしていらっしゃるのだなあと思った。ポーチの中には、一般的日常生活に必要とは思えないチーズ燻製機(久島さんが長時間背中を向けていたらチーズ燻製中かもしれません)や、地下鉄でサリンがまかれたら頭からかぶれば数分間安全な呼吸が確保できる袋といった生命に直接かかわる武器まで備わっている。

◆持たせていただくと、腰まわりがマッチョに鍛えられるに違いないくらいずしりと重い。ポーチ表面ところどころに施されたガムテープの修繕からは、久島さんの相棒への深い愛情を感じた。(大西夏奈子)

[節約の極意]

 このところ風邪や仕事と、タイミングが運悪く重なって地平線会議に行けなかったのですが、久島さんのビンボロジー実践報告、聴くことができて、良かったです。

◆お話を聴いて、そこまではできないというレベルのものも。例えば、やはり裸電球一つで6畳一間という生活はできません。今も部屋の電気+サイドスタンドの電気を点けて、目に負担がかからないような明るさでパソコンを打ってます。でも、トイレや風呂場は見えればいいので、夜でもほとんど電気を点けないか、ダンナはよく太陽電池充電器で充電したマグライトで風呂に入ったりしてますよ。それから、今の2DKにぎっしり詰まった荷物を処分して6畳に収めるというのも無理です。まあ、ダンナと2人暮しというのもありますが…。

◆これは私もやってみたいというものは、たとえば冬の寒さ対策で、湯たんぽだけじゃ寒いから羽毛布団をシュラフカバーに入れてシュラフとして使うというアイデア。私も同じく湯たんぽを使ってますが、ひどい冷え性で、冬はそれでもナカナカ温まらなくて眠れないのです。羽布団シュラフはこの冬、ぜひ実践してみます。

◆そうそう、と共感したもの。たとえば、熱で袋とじをする技術があるので、キャンディー、その他の袋を取っておいて活用すること。私の場合、食パンの袋なども取っておいて、ラップ代わりに活用したりしてます。(節約主婦ライダー古山里美)

(節約した分は旅行でバーンと使ってきます。とは言っても、もちろん飛行機はいつもエコノミー、宿も安宿、などなど豪華旅ではありませんけど。9月1日から11日はアイルランドへ旅行に行って来ます)

[久島さんのジャングル暮らしを見たい!]

 ふーっ、作品完成!!搬入終了!!9月6日から始まるクラフト展に出展する作品制作が昨夜やっと終わり、さっき会場に搬入してきました。やっと原稿に取りかかれます。

◆長かった東京暮らしから実家のある飛騨高山に戻り、染織作家を名乗る生活を始めて早7年。この夏、約4年ぶりに地平線報告会に参加できました。ちょっと浦島太郎だったけれど、報告者の久島さんの変わらない笑顔に会えてほっとしました。うれしかった。

◆少し遅れて入った会場では、久島さんがいつもの生活ぶりを語っていて、日常生活そのものが「報告」として成り立つというおもしろさに引き込まれました。久島さんの足元にも及びませんが、私も「捨てられない性分」。凡人にとっては、身の回りのもの全てが再利用可能に見えてきはじめると生活は大変になります。整理しなくてはならないものが増え続けるのです。捨てない生活をすることはかなり覚悟がいることです。久島さんの楽しげな様子からすると、やはり凡人ではないのでしょう。

◆突然ですが、私はあの横井庄一さん(お若い方はご存じないかも)の生活ぶりにものすごく興味があります。木の繊維から布を織り、仕立てて洋服にしていたことに、子どもだった私はものすごく驚きました。一人暮らしだった洞窟の中はきちんと整理されていたこと、そしてそこには、お手製の「なべ」があったということを、久島さんの「なべ22個」の話を聞いて思い出しました。

◆画面に映し出された、新聞紙製かぶと帽とアルミホイル製ハットが妙に似合うキャンプの最中の久島さん。ジャングルの洞窟暮らしの久島さんを見てみたい。きっと森の資源も最大限に利用して楽しい暮らしを創りだしていきそうだなぁ。

◆今回は「ビンボロジー実践報告」ということでしたが、私には「もの」を大切にする「久島美学」の報告会にも思えました。数万円のなべにも使用済みのビニール袋にも、それぞれ愛情を持てる人って素敵です。前述したクラフト展は古民家で開催されます。クラフトというのは生活必需品ではないし、単なる「貧乏」とは正反対にあるものでしょう。でも、ものを愛でる余裕のある「久島ビンボロジー」とは通じあうところがあるかも、などとぐるぐる考えながら作品を制作しました。報告会は今年の夏のいい思い出になりました。(飛騨高山にて9月4日 中畑朋子)

<久島メモ>

■1:ベルト部分=シルバ・コンパス、輪ゴム(大・小 多数)、小銭入れ、レザーマン・ミニツール(折り畳みペンチ)、スイスアーミーナイフ・チャンプ(多機能ナイフ フル装備版)、折り畳み傘、ガ−バー(折り畳み工具)、デジカメ、ケータイ、腕時計、洗濯バサミ大(×2)、裾バンド(×2)

■2:本体前ポケット=レジ袋(×3)、LED付きルーペ、料理タイマー、100円ライター(熱着シール用)、カード電卓、プラテープ2種(透明・薄茶色)、Suica等のプリペイドカード、S字フック(大。中。小 計7コ)、分度器、折り畳みジョウゴ、靴べら、手製札入れ、キャッシュカード他カード類、爪楊枝(じゃが芋の火の通り具合確認用)

■3:バッグ前ぶたポケット=付箋紙(3色)、くし、LEDライト(小)、非常用ホイッスル、折り畳み定規(開いて30cm)、茄子の黒焼き(小袋パック×2)、歯間ブラシ(×2)、自転車の虫ゴム(カセットガスボンベ→IPガス へ強制充填用)、筆記用具(×3)

■4:バッグ本体
▲ロール筆箱a=歯ブラシ、滑り止めメッシュ、油性マジックペン、細ゴムべら、竹箸、竹串、マル秘薬草酒
▲ロール筆箱b=蛍光マーカー(ピンク・黄・青)、爪ヤスリ(タッチアップ用)
▲区分け袋内=2mメジャー、ミニドライバー、ベルクロ、ボタン電池(LEDライト<小>用予備)、針と糸&糸通し、ステンレスワイヤ(3巻)、単4乾電池(LEDライト<大>用予備)、テグス(1巻)、ポケット・ガード、綿棒(×3)、サバイバル・ミラー、消しゴム、アイマスク、耳栓、単3乾電池、靴ひも予備
▲本体内その他=チタン・カトラリー3点セット、住所録、手帳、洗濯バサミ小(×6)、竹製洗濯バサミ(×2)、ゴムバンド大(×5)、LEDライト<大>、シルクスカーフ(風呂敷用に)、ミニサイズ霧吹き、ゴムべら<大>、ティシュ
▲本体内ポケット=パスポート、裾バンド(×4)、クレジット・カード、国民健康保険証、印鑑

 ざっと、こんなところかな。これらの装備は、状況によって変わり(『貧困通信「コーヒー」の1と2』を参照)ます。瞬間接着剤を常備していた時期もありました。また、デイパック内の通常装備とも相互リンクしています。チタン・カトラリー→チタン皿&オリカソ(折り紙食器)、輪ゴム→ポリ袋各種、竹製洗濯バサミ→幅広アルミ箔、単3乾電池→電子辞書…、といった具合に。もっと云うと、個別の装備類は、本来の用途と全く違う使われ方をすることが多い。滑り止めメッシュの「空中ハエ&蚊叩き」とか。(久島弘)


地平線ポスト・06年夏便り

地平線ポストでは、みなさんからのお便りをお待ちしています。
旅先からのひとこと、日常でふと感じたこと、知人・友人たちの活躍ぶりの紹介など、何でも結構です。

地平線ポスト宛先

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東京都板橋区大山町33-6 三輪主彦方
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Fax: 03-3359-7907(江本)

[列車が走り始めたラサから]

 江本さん、おとといラサに到着致しました!今回も高山病にはならず、元気モリモリです。が、ラサは雨がち曇りがちで、なんと寒いことよ!!持ってくる服の選択を完全に間違えました。今日は結構晴れているので、太陽が出ている時は、まあ結構暑めです。

◆さて、2年ぶりのラサは…。ショトンが終わったせいか(まだ数日あるかもしれませんが)、一時よりは観光客も減ったようです。ラサ駅、行ってきましたよ。ラサ大学前のバス停からバスに乗って15分程度。ラサ大橋を渡り、右手はキチュ川の向こうに広がる町並みとポタラ宮。左手は緑豊かな丘陵地帯。まだまだのどかな風景です。でも、きっと、次に来るまでにはこの風景も激変しているのかもしれません。列車が発着する時刻ではなかったのですが、チケットを買い求める人々が結構並んでいました。チケット売り場しか開いておらず、それ以上はロープが張ってあって入れませんでした。

◆看板や電光掲示板(列車の時刻表)などは、すべてチベット語・中国語・英語で表記されています。電車の発着時に来てみないと、どれくらいのヒトが移動しているのかはわかりませんねー。でも、出発は朝だし(8時くらいからですが)、到着は夕方から夜にかけてだし…。この夏は毎日3000人の観光客が鉄道でラサに到着したそうです。

◆鉄道開通で変わったことと言えば、いまのところ、「ホテルの部屋代とツアー車の値段が上がった」「気温が上がって雨がたくさん降るようになった」だけ、だそうです。ラサの町並みは、ほとんどが「チベット風」に建て替えられていっています。ホテルの内装も「チベット風」になっています。ラサでは「チベット風」が流行しているようです。バルコルでは、多分、中国人観光客をターゲットにしているだろうキンキラキンな、どれも同じようなお店が増えています。

◆そー、「サミット・カフェ」というちゃんとしたコーヒーを入れてくれるお店が出来ました。テイクアウトも出来ます。スターバックスに似た感じですが、とっても静かで(うるさい人々は来ないので)ゆっくり出来て、一瞬自分がどこにいるのか忘れてしまいました♪さあ、江本さんもラサへ来て「サミットカフェ」でお茶をしましょう!!

◆早く行かないとチベットは変わっちゃうよ!!と言うヒトは多いですが、変わっても変わらなくても、やっぱりチベットはよか所だと私は思います。つまらんレポートですみません♭明日からシガツェに移動します。では!(ラサ発8月28日 ヨコウチヒロミ)

★これからカムパファミリーの大リンカ大会です。昨日に引き続き…。うれしいようなそーでないような…。100人くらいは集まってるでしょうか(多分全員血族)?皆さんお仕事は?!ナイフ持ってガンガン肉を食らい、チャンを呑み歌い踊り。男女ともワンポイント金歯率高し。これがチベット人、いやカムパと言わずして何としましょう!段々日本人であることを放棄しつつあります。ああ、チベの太陽が今日も私の顔面を直撃。顔と手が陽にやけて痛いよ〜。軟弱な横内が快晴のシガツェからお伝えしました〜。(8月31日の追伸)

[久々の地平線会議]

 1997年に『ムスタンの八十八夜』を報告させていただいた西尾です。久しぶりの地平線会議に参加し、会場は変わったけれど地平線会議のホットな雰囲気は相変わらずで、つい当時を思い出してしまいました。ネパールの2年間の生活から帰ったばかりの私に、初めてお会いした江本さんは「その体験が熱いうちに地平線会議で報告してほしい」と、何度も「熱いうちに」「熱いうちに」と熱く語るのでした。なつかしい…。ふりかえると旅行は世界各地行きましたが、私に一番大きな影響を与えたのは、やはりあのネパールでの「旅」の日々だったと改めて思うのです。2年間、外国の地で自分を見つめた時間、深く深く考えた時間、こそがいまの私の背骨になっていると思うのです。「旅」を通し、報告者の土臭い生き様が垣間見えるような地平線会議がこれからも楽しみです。(西尾暁子)

『本多有香激励、美味し!佐渡紀行。』

マッシャーの本多有香さん(第312回報告者)が次のレースに備え佐渡島で出稼ぎすると聞き、『地平線会議代表激励人』として、(ビール好きの)彼女にビールを与えるべく、江本嘉伸氏、大西夏奈子氏と共に訪ねることに。

◆各々佐渡初訪島であったが、心配無用。我々には、心強い味方がいた。第62回報告者、佐渡島在住の高野久恵氏である(覚えている方もいらっしゃるだろう。台湾の『ヤミ族』集落に毎夏11年通った保育師さんのことを)。今回はお宅に泊めていただけることになった。そんなわけで、高野さんにお会いすることを更なる目的に、3人は新潟港佐渡汽船ロビーに集合した。

◆佐渡の港には、本多さんが迎えに来てくれた。車に乗り込み、途中で食材やビールを調達しつつ、高野家を目指す。電話で聞いた通り進むと、目印となる水車が現れた。「あれ?看板に『タカノ』って書いてある?!」。不思議に思っていると、そこより少し奥まったお家から、高野さんが手を振りながら出てきてくれた。

◆高野久恵さん宅はご実家の離れに建てられていて、最初に見た水車の建物は、大工をなさっていたお父様の工房であった。現在は水車を中心に制作活動され、地域の新聞にも紹介される名士だ。高野さんのお家に上がったとたん、芳しい木の香りに包まれた。木肌が素足に気持ちいい。障子が開け放たれ、風が吹きぬけてゆく。窓の外は田園風景。はぁ〜〜、極楽。

◆お昼に『ゴマ汁』を出してもらう。ご飯に茗荷、きゅうり、大葉と白いゴマだしのハーモニーが後を引く。一同黙々と食す。『美味し旅』の幕開けであった(あ、本多有香さん激励の…)。デザートは手作りの白玉。ゆずと蜂蜜が入っていて、口の中でほんのり風味が広がり、後味さっぱり。温かい中国茶ともよく合う。

◆ここで、江本氏の表情に微妙な陰りが。実は出発前、食事担当に名乗りをあげた氏であったが、この技ありのもてなしに、「大丈夫かなぁ」と気弱な発言が。大西嬢が励ます。「大丈夫です、手伝います。作りましょう!命をかけて」。

◆命をかける前に、高野家の畑に材料調達に。江本氏はいざキッチンへ。今夜のメニュー特製夏野菜カレー(通称エモカレー)のために、ピーマン、オクラ、ズッキーニ、ナスなどを収穫。勧められるまま、ピーマンを丸かじり。甘い!プチトマトをぽいぽい口の中へ。「ん〜、果物みたい」。

◆もぎたて新鮮野菜を隊長に届け、無事カレーの仕込みも終了。高野さんの案内で、周辺の野道をしばし散策した。山裾に青々と水田が広がる景色に、気持ちがゆったりとしていく。さて、夕食だ。オードブルがテーブルいっぱいに並び、話しながらつまめばけっこう満腹に。最後にエモカレー登場は不利か、と思いきや、野菜の甘みが優しくて、これまたおかわりの出来であった。めでたし!

◆夜、少しだけおもてを歩く。広い空に星がどっさり。天の川も見える。「モンゴル語で北極星は…」と話すふたりの声を耳に、夜空を堪能した。午前5時半、夜勤のため昨日午後退場した本多有香が、愛車のカブで高野家に戻ってきた。早速ゆうべのカレーを平らげて、即寝爆睡。職場の工場では、携帯電話のボタン上からかぶせるラバーというものに色印刷する作業をしているとかで、本人曰く、「ガチャンガチャン」の繰り返しだそうだ。今や多くの人が手放せないケータイ。その流通の一端を担う現場に、初めて思い巡らせた。この夏は日がな一日、あるいは夜通し、文字通りその仕事に明け暮れた本多さん。夜勤明けには釣りに出かけ、収穫を糧にもしている彼女の出稼ぎ生活も、この通信が届く頃、ようやく区切りがつくようだ。

◆朝食にエモサンドを食べ、昼の船で帰る満腹の大西さんを送り、高野『義妹』さん差し入れのレアチーズケーキでお茶して、とことんまったりモードに。

◆夕方近く、海に詳しい高野『弟』さんの案内で海へ。ひとしきり遊んで海に夕日の道ができる頃、帰途に着いた。すっかりなじんだ高野家にただいま、と戻り、何気なくキッチンの流しを見ると!アワビやサザエがごろごろしてるじゃないですか!それに、高野さんがタコをさばいている?!潜っているだけと思っていた弟さん、失礼しました。さすが海の男!その夜は、弟さんご夫婦に娘の七海ちゃんも加わって、海の幸、大地の恵みを心ゆくまで味わった。

◆3日目最後の朝、本多さんと釣りに出かけた。まだ明けきらず小雨そぼ降る空の下は、全てがグレーがかっていて、どこか現実味に欠けた。この島にいることも、出会いも、夢の中の出来事のような気が一瞬した。同時に、次に会う日がはや楽しみに思えた。

◆朝食にエノキとオクラの和え物、焼きなす、煮かぼちゃ、そしてゴマ汁。最後の昼食をエモチャーハンで締めくくり、佐渡を後にした。心のこもった食事をたくさんいただいた今回の旅は、その食卓を共に囲んだ人との距離を縮めながら、今ゆっくりと心身に染みわたり、日々の栄養になっている。(単なる食しんぼ自慢レポートかも。屋久島病のねこ、こと中島菊代)


<山形国際ドキュメンタリー映画祭共催上映会>

■お久しぶりです。9月に入りようやく暑さも和らいできました。今月中旬から約1か月の予定で、山形国際ドキュメンタリー映画祭の東京上映会「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形 in 東京2006」が開催されます。また、関連企画として「雲南映像フォーラム in東京」も同時開催。「雲南…」では、小林尚礼さんが登場する『登山者』(シリーズ『カワガルボ伝奇』)や、現在のキャラバンを描いた『グブ村のキャラバン隊』など興味深い作品が数多く上映されます。この機会に山形映画祭の雰囲気をぜひ味わってください。(山形発9月2日 飯野昭司)

***ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2006***

プログラム等は公式サイトを。 http://www.cinematrix.jp/dds

期間/会場:
    9月16日[土]〜9月29日[金] ポレポレ東中野
    9月30日[土]〜10月20日[金] アテネ・フランセ文化センター
料 金:ポレポレ東中野、アテネ・フランセ文化センター 2会場共通。
    (スペースNEOで開催される関連企画〈※「雲南映像フォーラム」〉は別料金。)
    前売1回券1,000円/前売3回券2,700円
    当日1回券1,300円/当日3回券3,600円
    フリーパス 15,000円(50枚限定)
主 催:シネマトリックス
共 催:山形国際ドキュメンタリー映画祭実行委員会、アテネ・フランセ文化センター、映画美学校、ポレポレ東中野
問合せ:シネマトリックス 03-5362-0671(月曜〜金曜10:00〜18:00)


「プージェー」続々各地で上映決定!

 10月24日、世田谷での上映会はチケットが完売しました。ありがとうございました。(puujee製作委員会 本所稚佳江 03-5386-6700)

■劇場公開

★ポレポレ東中野 アンコールロードショー TEL:03-3362-0081
 10月14日(土)〜11月3日(金) (1)14:00(吹き替え版)/(2)16:20(字幕版)/(3)18:40(字幕版)
 ◇関野吉晴トーク  10月14日(土)14:00/15日(日)16:20/18日(水)18:40/19日(木)18:40/20日(金)18:40/22日(日)16:20
 ◇山田和也監督挨拶  10月14日(土)16:20/15日(日)18:40
★大阪、第七藝術劇場  06-6302-2073
 9月30日(土)〜10月13日(金) 10:00-11:30 モーニング上映 
★北海道、シネマトーラス 0144-37-8182
 11月11日(土)〜18日(金)(予定)
★三重県、伊勢進富座  0596-28-2875
 11月中旬〜12月(予定)
★京都シネマ 075-344-2212
 11月以降上映予定

■映画祭

★第5回京都映画祭上映
 会場:京都ドイツ文化センター
 問合せ:京都映画祭事務局 075-212-0920
 10月26日(木) (1)13:30/(2)19:00
★海老名市プレミアム映画祭
 11月11日(土)/12日(日)

■上映会など

★「すみだ環境ふれあいまつり」でプージェー上映
 会場:すみだ環境ふれあい館(旧文花小学校)
 問合せ:雨水市民の会事務所 03-3611-0573(月・水・金の午後2時から5時まで)
 9月30日(土)4回上映、関野トークあり
★六ツ門大学上映会(仮称)
 会場:文化センター共同ホール
 問合せ:六ツ門大学事務局 0942-31-6260
 9月30日(土) 4回上映
★シネ・やまなし上映会
 会場:長坂コミュニティホール
 問合せ:シネ・やまなし 0551-32-2738 笠松
 10月7日(土)4回上映 山田監督トークあり
★親子でプージェーを観る会
 会場:茨城県日立市大みか(大甕)小学校体育館
 問合せ:ひたち法律事務所 関 090-9004-4030
 10月8日(日)4回上映 関野トークあり
★11月22日(金) 仙台 関野講演
★11月23日(土)山形市・東北芸工大 関野講演
★12月3日(日)大阪摂津市


■注目の『ランニングの世界 3号』刊行される

 どういうわけか、江本、三輪が編集委員を仰せつかっている『ランニングの世界 3号』(編者:山西哲郎群馬大教授、1600円)が9月5日、明和出版から刊行された。今号の特集は「駈ける女たち」。「日本で女が走るということ」(江本)「シベリアを走って横断する」(貝畑和子)「トレイル・ラン 山を走る喜びを伝えたい」(鈴木博子)「ある日突然変異」(馬杉裕子)、「私の薦める快適ランニングコース(高尾山、熊野古道、多摩湖)」(三輪)など、地平線関係者がユニークな文章を書いている。


[編集後記]

 フロントに書いたように、がらくたの整理はタイヘンである。楽しいのは貴重なものが見つかるからだ。そのひとつに1979年前後、地平線会議を立ち上げた頃の写真がある。宮本千晴、向後元彦、森田靖郎、伊藤幸司、三輪主彦、賀曽利隆、岡村隆、恵谷治といった面々が若々しい姿でうつっている。関野吉晴の結婚パーティーに参加した丸山純などはまだ初々しい学生の風貌だ。28年も続けていると、地平線はもう歴史のひとこまになりつつあるのだな、と思う。

◆続けていればいいものでもないが、発足当時予想できなかったことがいくつかある。まず、ほとんど寺子屋のつもりで続けてきた地平線報告会が9月で「328回」(注:通信の号数と報告会の回数は別です)を数え、平均60名が参加したとして、延べ2万人が旅人、冒険者の異文化体験を聞きつづけてきた事実だ。報告会に参加できなくともこの地平線通信やウェブサイトで内容を知ることはできるから間接的に「参加」した人はこの数倍にのぼるだろう。

◆どうしたら先人のレベルを超えられるかー。報告者も聞き手たちも共に問われる厄介な地平線会議である。(江本嘉伸)


■今月の地平線報告会の案内(絵と文:長野亮之介)
地平線通信裏表紙

秘伝 魔物を上手に解凍する方法

  • 9月22日(金曜日) 18:30〜21:00
  • ¥500
  • 於:新宿区榎町地域センター(03-3202-8585)

「事実と真実の間にはずいぶん距離がある。本当らしい偏見とか、誰も口に出さないけど皆知ってる事とか…。小説はつくり事だけどときにはノン・フィクションより真実に近づきやすいかもしれない」というのは作家の森田靖郎さん(60)。中国人マフィア等を題材に数々の記録文学を発表してきました。このところ立て続けに3冊の小説を上梓し、表現の幅を拡げています。

関西学院大学探検部OB。地平線会議には発足当初から深く関わってきました。旅への思いと日常生活との折り合いをつける手段として、物書きの道を探り当てます。「旅心という魔物は誰の心にも棲んでいる。それに振り回されれば社会生活はできない。かといって押し殺しちゃうとつまらない。上手に冷凍・解凍する術を知れば人生が楽しい。僕にとって地平線会議はそれを学ぶ場なんだ」。

今月は森田さんに旅心とのつき合い方を話して頂きます。


通信費(2000円)払い込みは郵便振替または報告会の受付でどうぞ
郵便振替 00100-5-115188/加入者名 地平線会議(手数料が70円 かかります)

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